
医療・介護のマネジメントは「人づくり」がすべて。だからこそ、DXが必要だ。
― 人事判断の質と量が、組織の未来を変える ―
2026年10月22日、広島県の「障害福祉職場サポートひろしま」事業の小地域セミナーにて、「人を活かす!障害福祉施設の組織づくり」をテーマに登壇させていただきました。
会場は福山すこやかセンター。
今回、私がお伝えしたかったのは、システムの話でも、単なる業務効率化の話でもありません。
「医療・介護業界の経営は、結局のところ、人づくりで決まる」
ということです。
そして、もう一つお伝えしたいことがあります。
人づくりを本気で進めるなら、経営者や管理職の“記憶と勘”だけに頼ってはいけない。
人を理解し、育て、活かし続けるためには、信頼関係に加えて、情報を蓄積し、活用する仕組みが必要です。
その手段が、DXです。
1.1年間で15人が辞めた。そこから始まった組織づくり
2014年、当社が介護事業を立ち上げた当初、25名の社員のうち15名が1年以内に退職しました。
離職率は約60%。
当時は、給与や待遇、現場の忙しさなど、さまざまな理由を考えました。
しかし、振り返ってみると、本質的な原因は別のところにありました。
経営者である私自身が、人を育て、チームをつくることができていなかったのです。
採用すれば人が定着するわけではありません。
制度を整えれば、組織が強くなるわけでもありません。
社員が「ここで成長できる」「自分を見てくれている」と感じられる環境を、経営者と管理職が日々つくれているかどうかが重要です。
この経験から、組織づくりに対する考え方が大きく変わりました。
もし、皆さんの組織でも離職が続いているなら、まず次の3つを確認してみてください。
* 退職者が辞める前に、誰が、どのような変化に気づいていたか
* 上司は本人の強みや課題を具体的に説明できるか
* 面談や評価の内容が、次の育成や配置に活かされているか
離職の原因を「本人の問題」だけで終わらせず、組織が人を理解する仕組みを持っていたかという視点で見直すことが、改善の出発点になります。
2.医療・介護のマネジメントは「人事力」で決まる
医療・介護は、人が人にサービスを提供する仕事です。
どれほど優れた設備やシステムを導入しても、最終的なサービス品質を左右するのは、現場で働く一人ひとりの社員です。
だからこそ、私は経営において「人事力」が最も重要だと考えています。
人事力とは、単に採用する力や人事評価制度を運用する力ではありません。
社員を理解し、育成し、適切に評価し、能力を発揮できる場所へ配置する力です。
そして、その人事力を高めるのが、**人事判断の「質」と「量」**です。
社員の変化に早く気づき、適切なタイミングで声をかける。成長を見極め、新たな役割を任せる。課題を発見し、育成につなげる。
こうした判断の積み重ねが、組織をつくっていきます。
ただし、判断の回数が多ければ良いわけではありません。社員を理解したうえで、質の高い判断を継続することが重要なのです。
ここでいう「量」とは、評価を増やすことではありません。
社員の変化を見逃さないために、観察し、対話し、記録し、振り返る回数を増やすことです。
まずは、管理職一人ひとりが、担当する社員について次の4項目を言語化してみてください。
1. 現在の強み
2. 現在の課題
3. 次に任せたい役割
4. そのために必要な支援
これを月1回更新するだけでも、管理職の視点は大きく変わります。
「何となく頑張っている」「少し元気がない」といった印象を、具体的な事実と次の行動に変えられるからです。
3.「君のことは理解している」という前提が、信頼を生む
私が人材マネジメントで大切にしていることがあります。
それは、社員と向き合う際の「君のことは理解している」という前提です。
例えば、上司が部下に「もっと頑張ろう」と伝えたとします。
その上司が、普段から部下の努力や成長、抱えている課題を理解しているかどうかで、言葉の伝わり方は大きく変わります。
同じ言葉でも、信頼している上司から言われれば前向きに受け止められる。一方で、自分のことを理解していないと感じる上司から言われれば、反発が生まれることもあります。
大切なのは、「何を言うか」よりも「誰が言うか」。
そして、「誰が言うか」を決めるのは、日々の信頼関係です。
もちろん、社員を理解していると一方的に思い込むだけでは意味がありません。
本人の話を聞き、事実を知り、変化に気づき、理解を更新し続けることが必要です。
管理職の皆さんには、面談の場で次の3つを必ず尋ねることをおすすめします。
* 最近、仕事でうまくいったことは何か
* 今、最も困っていることは何か
* 次に挑戦してみたいことは何か
そして、聞いて終わりにしないことです。
次回の面談で、「前回話していた件は、その後どうなりましたか」と確認してください。
この一言が、社員にとっては大きな意味を持ちます。
人は、話を聞かれたときだけでなく、覚えていてもらえたときに、理解されていると感じるからです。
4.社員を理解するためには、情報が必要になる
では、経営者や管理職は、社員一人ひとりをどこまで理解できているでしょうか。
社員が10人の組織であれば、経営者の記憶や日常的なコミュニケーションで把握できることも多いでしょう。
しかし、30人、50人、100人と組織が大きくなると、それだけでは限界があります。
採用時の情報、これまでの経験、研修履歴、保有資格、人事評価、面談内容、本人の希望、これまでの成長。
こうした情報が各部署や管理職の頭の中に分散していては、組織として社員を理解することは難しくなります。
情報が共有されていなければ、異動のたびに社員は自分のことを一から説明しなければなりません。
上司が変わるたびに、評価や育成の方針がリセットされることもあります。
これは社員にとっても、組織にとっても大きな損失です。
だからこそ、社員に関する情報を一元管理する必要があるのです。
情報を集める目的は、監視することでも、社員を数字で序列化することでもありません。
一人ひとりの可能性を見つけ、より良い育成や配置、評価につなげるためです。
ただし、情報を集める前に、必ず目的とルールを明確にする必要があります。
* 何のために情報を集めるのか
* 誰が閲覧できるのか
* どの情報を本人と共有するのか
* 評価や配置にどう活用するのか
* 本人が訂正や更新を申し出られるか
この説明がないまま情報だけを集めると、社員は「管理される」「監視される」と感じます。
情報は、集め方を間違えると管理になります。活かし方を設計すると、成長支援になります。
まずは、全社的なシステム導入を急ぐ必要はありません。
一つの部署を対象に、次の情報から始めてみてください。
* 面談記録
* 研修履歴
* 保有資格
* 本人のキャリア希望
* 次回までの育成課題
小さく始め、現場で使い、社員の反応を確認しながら改善することが大切です。
5.だからこそ、DXが必要になる
ここで初めて、DXの話になります。
私は、DXの本質は単なる業務効率化ではないと考えています。
もちろん、記録時間の短縮や事務作業の削減は大切です。
しかし、それだけでは組織の強さは変わりません。
本当に重要なのは、情報を蓄積・統合し、経営者や管理職の判断を支える仕組みをつくることです。
当社では、kintoneを基盤とした介護DXシステムを活用し、人事情報と業績情報の見える化に取り組んできました。
社員の情報を組織の資産として蓄積し、必要な人が、必要なときに、権限に応じて確認できる環境を整える。
そのうえで、AIも活用しながら、人事判断の質をさらに高めていく。
例えば、面談記録や研修履歴をもとに、次に必要な育成テーマを整理する。複数の管理職が持つ情報を確認し、配置や役割変更を検討する。過去の評価だけでなく、本人の希望や成長の変化を踏まえて対話する。
こうした使い方ができれば、DXは単なる記録システムではなく、人を理解するための経営基盤になります。
ただし、AIが人事判断の責任を代わるわけではありません。
データとAIが判断を支え、最後は人が責任を持って決める。
これが、私の考える人を活かすDXです。
導入を検討する際は、機能の多さから考えるのではなく、次の順番で考えることをおすすめします。
1. 組織の人事課題を一つに絞る
2. その課題に必要な情報を定義する
3. 情報を入力する人とタイミングを決める
4. 会議や面談で実際に使う
5. 使いにくい点を毎月改善する
例えば、「若手職員の離職を減らす」という課題であれば、入職後1か月、3か月、6か月の面談記録と、困りごと、相談相手、育成課題を蓄積する。
そして、月1回の管理職会議で、支援が必要な職員を確認する。
このように、課題、情報、会議、行動を一本につなげることが、DXを定着させるポイントです。
6.人づくりと情報管理を続けた結果
当社では、社員の「在り方」を重視し、人格・コミュニケーション・組織論を人材育成の軸としてきました。
そして、その育成を属人的な取り組みで終わらせないために、情報管理の仕組みを整えてきました。
その結果、グループ全体の取り組みとして、離職率はかつての約60%から、2020〜2025年の平均で約5%へと改善しました。
また、残業時間の削減や有給休暇取得率の向上、人事・総務業務の効率化にもつながっています。
もちろん、これらの成果がDXだけで生まれたわけではありません。
人材育成、組織文化、評価制度、情報管理。
これらを一体として、長い時間をかけて改善し続けてきた結果だと考えています。
重要なのは、導入したシステムの数ではありません。
社員の変化を見つけ、対話し、支援し、その結果を次の判断に活かすサイクルが回っているかどうかです。
経営者や管理職の皆さんには、まず90日間、次の取り組みを実践していただきたいと思います。
最初の30日:現状を見える化する
* 全社員と短時間でも面談する
* 社員ごとの強み、課題、希望を記録する
* 退職者や休職者が出たときの経緯を振り返る
* 管理職ごとに情報の持ち方が違っていないか確認する
次の30日:対話と支援を増やす
* 月1回の1on1を実施する
* 面談では「事実」「本人の認識」「次の支援」を記録する
* 面談後に、必ず一つ具体的な行動を決める
* 管理職同士で、支援が必要な社員について共有する
最後の30日:仕組みにする
* 面談記録や育成課題を一元管理する
* 月次会議で情報を確認する
* 配置、研修、評価に情報を活用する
* 社員本人にも、記録の目的と活用方法を説明する
90日後に確認するのは、システムが稼働したかどうかだけではありません。
* 社員との対話回数が増えたか
* 管理職の判断が具体的になったか
* 育成課題が放置されていないか
* 社員が「見てもらえている」と感じているか
この変化を確認してください。
7.DXの先にあるのは「人を活かす経営」
最後に、今回の講演で伝えたかったことを改めて整理します。
良い組織をつくるには、良い人事判断が必要です。
良い人事判断を行うには、社員を理解する必要があります。
社員を理解するには、信頼関係と情報が必要です。
そして、その情報を組織として蓄積し、活用するためにDXが必要になるのです。
DXは目的ではありません。
人を育て、人を活かし、社員が自分の可能性を発揮できる組織をつくるための手段です。
経営者や管理職が、今日から始められることは明確です。
まず、社員を一人選び、30分話を聞いてください。
次に、その人の強み、課題、希望、必要な支援を記録してください。
そして、1か月後にもう一度、その記録を見ながら対話してください。
この小さな行動を、組織全体の仕組みに変えていくことです。
人を理解するために、データを使う。
人を育てるために、DXを使う。
人を活かすために、経営する。
そして、忘れてはならないのは、次のことです。
データは人を置き換えるためにあるのではない。人が人を理解するためにある。
これからも「今ここにない価値を創造する」という理念のもと、医療・介護の現場に新たな価値を届けていきたいと思います。
NHホールディングス
北村