
「AI望遠鏡」が発見する「新たな世界」
AIという「新しい望遠鏡」が発見するものは・・・
ガリレオ・ガリレイが「望遠鏡」をつくって、天体を観測し、
月のクレーター(凹凸や山脈)などを発見し、新しい世界をみせてくれた。
AIという「新しい望遠鏡」が発見するものは、何だろうか・・・

そして今、「AIの新しい望遠鏡」が生まれた。
新しい望遠鏡は、何を調査し、観測して、新しい宇宙観をつくるか。
宇宙は「非人間的な世界」・空間であり、
数学が描く空間ではないかと思っているが、4次元・5次元以上の空間となると、曖昧でわからない。興味津々であるが・・・。
宇宙空間は、「人間の脳」の限界が理解し、描いている世界を超えている。
プラトンのイデアの世界も、その一部分にすぎないだろう。
数式でしかわからない世界である・・・。
その意味では、現在の「数学の知識」では、どうにもならない。
やがて、地上では、生成AIや量子コンピューターが、無機質な動きを続けている時代が来るかもしれない。
地球が滅びる頃になって、
滅亡したホモ・サピエンスが、AIなどの機器をつくったということも忘れてしまうときが来るだろう。
このまま、AIの開発が突き進めば・・・(笑)
膨大な宇宙空間の果てはどうなっているのだろうか
私には理解できないことだが・・・。
人間の脳が理解し,捉えることができる「空間と時間」には限りがある。
宇宙空間は、はてしない。
宇宙は膨張しているという人がいる。縮小しているという学説もある。
宇宙の未来は
「宇宙を広げようとする力(ダークエネルギー)」と
「引き戻そうとする力(物質やダークマターの重力)」の
バランスで決まるという。
仮説なのだが、不思議な気持ちになる。この通りかもしれない。

やがて、ダークエネルギーの勢いが衰え、
重力が勝った場合、
宇宙はすべての物質、時間、空間が、
1つの超高密度・超高温の点へと押しつぶされ、宇宙が終わりを迎えるといわれる。ビッグランチ(大崩壊)である。
当然、生命あるものはすべて「死滅」する。
ビッグリップやビッグフリーズといった説もあるというが、
すべて終わるのだ。
再びビッグバンが起こって「新しい宇宙」が始まるという学者がいるが、私にはわからない。
「サイクリック宇宙論」であるが、ここまでくると研究者に任せよう。
素人の私にはわからない。
「アイデアが湧く」というけれど、それはどこから来るのか
アイデアの根源が問題である。イデアの世界があるのか?
二元論は正しいのか・いや、一元しかないのか・・・。
天空は、黙つていて答えない・・・。
先日、友人が亡くなった
奥さんから「夫は星になりました・・・」というハガキが届いた。
そこで、私は公園にいって、星をみた。

近頃は、ネオンサインが邪魔して、星がみえないことが多い。
夜空を眺めながら、友人と過ごした日々を思い出した。
この星の向こう側に何があるのだろうか・・・。わからない。
友人は、ほんとうに星になったのか?
プラトンの「イデア論」が意味することは・・・
プラトンは、私たちが生活する「現実の世界(感覚的世界)」のほかに、
目に見えないが「永遠で完璧な真実の世界(イデアの世界)」があるという。
私たちが普段目にする日常の世界は、
イデアの不完全なコピー(影)にすぎないという。
だから、死ぬことは、無限のイデアの世界・真実の世界に戻るのだという。

プラトンがいう「イデア界」は極めて抽象的なもので、
私たちが夜空を見て感じるものに近いのではないか、と思う。
理性や精神といった「目に見えない価値」に通じるモノではないか。
遠くからやってくるもの・・・
立体空間・数学的なセンスのようなものは、
論理的に追い詰めて考えるものではない。
直観的なヒラメキのようなものは、「先方からやってくるもの」で、
それの根源をイデアといったのではないかとイメージする。
モーツアルトやショパンの音楽を聴いていると、
この天才たちには「異なる世界からのメッセージ」が
ア・プリオリによって来たのではないかと思う。
イデア界からである。

よく「アイデアがわく」というのは、その一端をさすのだろう・・・。
辻井さんの演奏も、努力だけのものではないだろう。
<チョット寄り道>
肉体的な愛情ではなく、精神的な愛のかたちを「プラトニックラブ」と呼ぶ肉体的な欲望を離れた、精神的なつながりや「純粋な愛」のことを指す。
お互いの内面、価値観、魂のレベルでの共感を重視し、肉体関係を超えた関係性である。この愛をプラトニックラブというのだ。
堀間善憲さんの『アナログ派の楽しみ:饗宴』のブログが
的確に書いてくれているので推奨したい。
ぜひ、実物を拝読してもらいたい。
<以下引用>
・・・4世紀後にキリスト教が出現して愛というものが神聖視されるようになる以前の、「エロース」が支配していた人類世界にあって、愛とはこうした野放図なエネルギーに駆動されるものだったことをプラトンの著作は伝えているようだ。
「シンポジウム」の語源となったこの対話篇は「エロース」とは美でも醜でもなく、善でも悪でもなく、いわば中間的なダイモーン(神霊)に過ぎず、そこから最高形態の知識たる「美そのもの」に到達することが大事だと弁じて(ソクラテスは)一同を説得する。
ふつうならこれで決着がつくはずのところへ、アルキビアデスが割り込んできて・・・(後略)
「墓じまい」の向こうにあるものは・・・
私の周辺で「墓じまい」の話が広まっている。
先祖からの墓を閉める。
どこに,どうするのか、私は知らない。手続きは煩雑だという。
物理的に墓を閉じたら、
「魂」はどこにいってしまうのだろうか。
そのような話はあまり聞かない・・・。

宗教心がなくなった時代の「魂の行きどころ」は、どこなのだろうか。
他人事ではない。
霊魂はないという人もいる。では、なぜ「墓じまい」をするのか。
地方の寺の住職をやっている友人が「放置される墓が多くて困っている」と嘆く。彼によれば、子孫がいるのに墓前に来る人も少なく、墓じまいどころか「荒れ放題の墓」を、寺が維持することが大変だという。
友人は、大学時代に京大で哲学を学び、サンスクリット語を直接理解する数少ない人材だから、仏典を解説してくれる。
近所に、数学者の弟子もいるので、雑談は、どのようにも発展する。
仏教の五蘊で、宇宙に飛び散る
私は仏教の「五蘊」を信じている。
五蘊は「信仰の対象でない」と批判する人がいるが、そんなことはどうでもいい。私は死んだら、5つに分かれて宇宙に飛び散ると信じている。
これは仏教の生命再生の「五蘊」ではなく、私のアレンジが入っている。

<チョット寄り道>
仏教が描く空間は無限だ。
虚・無の世界は、宇宙空間そのものだと思っている。
キリストやイスラムの一神教より、
仏教哲学の方が「広くて、大きい」から、墓じまいも受け入れてしまうのだろう。
仏教においては、
解脱(涅槃)しない限り、五蘊の精神エネルギーは宇宙に霧散することなく、次の「迷いの世界(六道輪廻)」のどこか一点へ再び凝縮し、新しい生命として誕生するという。
・・・私は再生はいらない。
しかし「五蘊」の考え方を信じている。
息子たちに「墓はいらない」といっている。彼らは、私より合理主義者だ。
「数学的プラトニズム」と、「ライデン宣言」が意味するもの
「AIが長年も解くことができなかった数学の難問」を解読したという報道が、最近あった。続いて、まだ解けていない「数学の難問や未解決」の問題が、今後解決されるだろう、というコメントが続いた。
京大の望月新一教授の「ABC理論」いわゆる「宇宙際タイヒミュラー理論(IUT理論)」も、やがてAIが解読するというわけである。
2026年6月にオランダで開かれた「世界の数学者たちの会議」で
AI利用に伴う「潜在的な脅威」と「信頼性確保」について
「ライデン宣言(Leiden Declaration on AI and Math)」を発表した。
この宣言は、OpenAIのGPT-5シリーズなどのAIモデルが「エルデシュ問題」といった未解決問題を、数分〜数十分で解決した、ということを受けて数学者たちからが発信した宣言である。
どこで、どのようなデータや学説が使われたか。
人間による「検証と責任の重要性」を訴える内容になっている。
具体的に言えば「AIの解決は、一見もっともらしく見える」が、
内部に巧妙な「論理の飛躍」や「誤りを含んだ証明」が、大量生成され、
人間の「査読」制度で、論文の正しさを見分けることが困難になるという。
「査読」を経る前に、プレスリリースやSNSで「AIが難問を解いた」という宣伝で、過剰にアピールされ、
先行研究が過小評価される危険性をもっている、というのである。
私の知人たちも、論文を書き、査読を通して検証をしている。
また、研究途上の論文を、気軽にWEBにアップしたら、AIに取り込まれてしまい、鮮度を失ってしまう危険性も話している。
だから「ライデン宣言が出された」のだという。
しかし、学者の中には
「学問研究に、人間側から制限を加えるべきではない」という意見もある。
宇宙の空間を理解するには
「人間の脳」の範囲を超えて、
純粋にAIの能力を制限することなく発揮させる方がよいというのである。
プラトニズムで言えば、無限の空間は、それ独自で存在するのだから、
人間的な価値観をもって制限してはいけないというのである。
宇宙空間に対するAIを用いた研究は、今後、どのように展開していくのだろうか。私の専門外だから、注目していきたい。
<チョット寄り道>
むかし、「莫高窟」の売店で購入していた「天女」を、
私は自宅の書斎に飾っている。
とても美しい。
土産品だから「安物」のはずであるが、ほんとうに天空を舞っているようだ。
時空を超えて、楽器を奏でながら舞う姿は「永遠の美しさ」である。

AI望遠鏡を積んだ「宇宙探査衛星」は、将来、何を送ってくるだろうか。
銀河系以外のところに、生命体が存在するのか。
すべての時空を超えたところに、イデア界・神・仏の世界があるのか。
私は老子・タレスが、宇宙の根源をみているような気がしている。