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回顧録 転落前のほのぼのサードプレイス

    南淡路に、サードプレイスがあった。

    ​別荘と言えば聞こえがいいが、大げさなものではない。
    四百八十万円で買った、ただの木造の一軒家だ。

    この家は立地がやけに際立っていた。
    携帯の電波が圏外になるようなド田舎。
    目の前には海が広がり、庭から波打ち際までは二十メートルほどしか離れていない。
    歩いてすぐのところに小さな漁港があり、親しくなった漁師さんたちからは、市場に出せないような「クズ魚」を分けてくれた。
    庭は広く、ちょっとした畑までついている。
    お風呂は驚くほど広くて、泳げるほどのサイズだ。後からプロパンガスを引き入れたものの、買った当初は料理もお風呂もすべて薪。
    夜になれば、漆黒の海と、手の届きそうなほどの満天の星だ。

    ​そんな隠れ家のような場所に、僕は六年間ほど身を置いていた。

    驚くべきことに、この六年間で使った実質的な費用はゼロだった。
    買った値段よりも高く売れたのだ。

    ​そこでの暮らしは野性的だった。

    畑で野菜を作り、漁師からもらった魚をさばく。
    薪に火をつけ、料理の火を熾し、風呂の湯を沸かす。
    生きるための営みが手作業で、食事や入浴の準備だけでも一苦労だった。

    不思議なことに、その一苦労が心地よかった。

    特に風呂の沸きに凄まじく手間と時間がかかった。
    夏場であっても、お湯になるまでに一時間以上はかかる。
    冬に至っては、二時間以上もかかる。
    世間が言う「コスパ」や「タイパ」なんて言葉は、この家の前では消えていく。
    僕は一年の半分近くを、この場所で過ごした。

    別荘のすぐ前には、岩場が広がっていた。

    絶好の釣り場でもあったのだが、あいにく僕は釣りの腕がいまひとつだった。
    じっと糸を垂れて魚を待つより、野蛮で原始的な方法を編み出していた。

    木槌――金槌をふた回りほど大きくしたような重い槌を手に取り、岩場を力任せに叩くのだ。
    その衝撃で、岩の陰に隠れていた魚たちが驚いて、気絶して水面に浮いてくる。

    魚も馬鹿ではない。
    一分もしないうちに目を覚まし、再び海へと逃げていく。
    勝負はその六十秒。
    気絶から覚めるまでの一瞬の隙を突いて、網で掬い取る。
    これが妙に面白く、釣りよりも捕れた。

    ​漁師からもらった売り物にならない魚と、木槌で文字通り気絶させた名もなき魚。
    そして、自分で耕した畑で採れた野菜。

    それらを大雑把に鍋に放り込み、グツグツと炊く。レシピなんてない。
    それがいったい何の料理なのかは分からないけれど、大自然の空気と一緒に食べると、驚くほど美味かった。
    調味料は、いつも決まって醤油とワサビだ。

    ​人間は面白いもので、環境が変わると、
    同じ本を読むにしても、都会の部屋で読むより、南淡路の別荘で読む本の方が頭に入る。

    当時、店は完全に任せきりで、可処分所得も月500万円ほどあった。

    振り返ってみると、あの場所で過ごせた日々は、贅沢で幸せな時間だった。

     
     
    数店舗の飲食店と風俗店をやっていた元・経営者。 そこで目撃した「人間の剥き出しの業」や「管理社会のシステム」をベースに、頭に残った回顧録、ひねくれた社会考察や、歴史考察。 AIを相棒にしたディストピア小説を好き勝手に書いています。 ​

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