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フォント選びは、なぜこんなに億劫なのか。高級ブランドのロゴから考えた「らしさ」の正体

    正直に言うと、僕はフォントを選ぶのが億劫だ。

    映像にテロップを入れるとき、候補がとにかくたくさんあります。

    明朝体か、ゴシック体か。太いのか、細いのか。少し柔らかくするのか、真面目に見せるのか。

    その膨大な種類を前にすると、「この中から選ぶのか……」と、なかなか気が進まない。

    候補が多すぎるから、面倒なのだと思っていました。

    でも、どうやらそれだけではないらしい。

    フォントを選ぶことは、自分たちがどんな存在で、どんな声で世の中に話しかけたいのかを決めることなのかもしれない。

    だから難しいのではないか。

    「ポジティブランディングラボ」の「ブランディングの種」シリーズ。音、色に続く3つ目のテーマは、文字の形です。

    【配信日:2026/09/14 / ※毎週火曜日6:00配信】


    高級ブランドのロゴは、なぜ似てくるのか

    プラダ、グッチ、バレンシアガ。

    名前を聞けば、それぞれに違う世界が浮かびます。ところがロゴだけを並べてみると、ある時期から、どれもシンプルな字体へと近づいていきました。

    背景のひとつに、スマートフォンがあります。

    ブランドを見る場所が、大きな看板や雑誌から、小さな画面へ移った。そこで見分けやすくするには、複雑な装飾よりも、すっきりした文字の方が都合がいい。

    なるほど、と思う。

    ただ、もうひとつ気になった。

    そもそも僕たちは、文字の何を見て「高級そう」と感じているのだろう。

    線が細いから、だろうか。

    すると、なおちゃんは、あっさり答えた。

    「他の高級ブランドが使ってるかどうかなんですよ」

    身も蓋もないようで、妙に納得した。

    文字そのものに、最初から高級感が備わっているわけではないのかもしれない。

    その文字と一緒に見てきた服や雑誌、店の空気。何度も触れてきたブランドの世界を、僕たちは文字の形と結びつけて覚えている。

    フォントを選ぶとは、すでに世の中で共有されている意味を借りることでもある。

    だから高級ブランドのロゴは似てくる。

    では、似た文字を使いながら、そのブランドにしかない「らしさ」は、どこに残るのだろう。


    文字にも、話し方がある

    中島さんには、Instagramのストーリーズで使い分けている文字があります。

    知的な、真面目なことを書くときには、この字体。

    関西弁で何かにツッコミを入れたいときには、太い字体。

    フォントの名前や成り立ちを知らなくても、伝えたい感じに合わせて、ちゃんと選んでいる。

    同じ言葉でも、静かに話すのか、勢いよくツッコむのかで、受け取る印象は変わる。中島さんはそれを、声が聞こえない画面の上でやっていた。

    文字にも、話し方があるのだと思う。

    だとすれば、会社がフォントを選ぶことは、単に見た目を整える作業ではない。

    どんな声で人に話しかける会社なのかを決めることだ。

    僕がテロップのフォントを前に迷っていたのも、ただ選択肢が多かったからではないのかもしれない。

    文字を選ぶたびに、その場面をどんな声で伝えるのかを問われていたのだ。


    僕は選ぶだけで億劫。弟は手で覚えた

    僕の弟は資生堂でクリエイターの仕事をしています。入社1年目にまず取り組んだのが、資生堂の書体を手で描けるようになることでした。

    パソコンで選ぶのではなく、手で描く。

    日本語の書体をつくるには、ひらがなやカタカナに加えて、膨大な漢字を同じ世界観で揃えなければなりません。

    「一つのフォントをつくるのに、一人の人生が終わっている」

    なおちゃんがそう言うほど、書体づくりには膨大な手間がかかる。

    僕はフォントを選ぶだけで億劫になっている。その一つひとつに、途方もない時間が注ぎ込まれている。

    さすがに、少し反省した。

    弟が資生堂の文字を手で覚えるのも、形を正確に再現するためだけではないのだろう。

    線の引き方や、余白の取り方。その繰り返しを通じて、「この会社が美しいと感じるもの」を体に入れていく。

    文字を覚えることは、会社の美意識を受け継ぐことでもある。

    文字には、会社の声がにじむ。

    そして、その声はファイルを共有するだけでは受け継げないことがある。


    ドンキの文字は、なぜドンキらしいのか

    資生堂の文字とは対極にあるように見えるのが、ドン・キホーテの手書きPOPです。

    あの太い文字。勢いのある形。ペンで一生懸命に塗りつぶした跡。

    文字を見るだけで、あのお店の感じが浮かんでくる。

    「あの感じを、パソコンで再現できるのか」

    できる。できない。似たものならできるかもしれない。

    3人の意見は、なかなかまとまらない。

    少し不揃いなところも、塗りつぶしたペンの跡も、あの文字の魅力になっています。

    きれいに整えると、消えてしまうものがある。

    資生堂とドン・キホーテ。受け取る印象はまったく違う。でも、どちらの文字にも、その会社らしさがある。

    共通しているのは、美しさの種類ではありません。

    それぞれの場所で繰り返し使われ、時間をかけて「あの会社の文字」になってきたことだ。

    らしさは、形だけに宿るのではない。

    その文字が使われ続けてきた時間にも宿る。


    選ぶことより、守り続けること

    なおちゃんが関わったある自動車会社では、メールやちょっとしたメモにまで、使うフォントが決められていました。

    そこまで徹底するのか、とも思う。

    でも、つくる側からすれば迷わなくて済みます。誰がつくっても、見た目の印象が大きくぶれない。

    中小企業では、制作の依頼先が変わることも珍しくありません。

    今年のパンフレットはこの会社。3年後につくり直すときは、別の会社。

    そのたびに文字や雰囲気が変わっていけば、自分たちが伝えたかった印象から少しずつ離れてしまいます。

    だから、自分たちの会社で基準を持っておく。

    どんな印象を伝えたいのか。どの文字を使うのか。依頼先が変わっても、何を引き継いでほしいのか。

    一度決めたら、社内でも、社外の制作パートナーとも共有し、使い続ける。

    ブランドらしさは、特別なセンスのある人が、一度のひらめきでつくるものではない。

    少し面倒なことを決めて、それをみんなで守る。その地味な積み重ねから生まれるものでもあるのだと思う。


    僕は、候補が多いからフォント選びが億劫なのだと思っていました。

    でも、本当は少し違うのかもしれない。

    フォントを選ぶことは、自分たちが何者で、どんな声で世の中に話しかけたいのかを決めることだ。

    だから難しい。

    そして、一度決めたら守り続けなければならないから、面倒でもある。

    面倒だからとそこを飛ばしてしまうと、「自分たちらしさ」まで薄くなってしまう気がする。

    次にテロップのフォントを選ぶとき、億劫ではなくなるかと言われれば、たぶんそんなことはない。

    それでも、以前より少しだけ、雑には選べなくなった。

    文章ではひとつの答えにまとめましたが、3人の会話はもっと寄り道が多い。

    グーテンベルクとグーテンタークが混ざり、ドンキのPOPをパソコンで再現できるのかで意見が割れ、最後はMSゴシックとMS Pゴシックの違いにまで流れていきます。

    文字に詳しくなくても、「そんなところまで考えるのか」と驚いていく過程ごと、聴いてもらえたらうれしいです。

    ▶ 第43回「高級ブランドのロゴは、なぜどれも似てくるのか」を聴く

    ▼Apple Podcastで聴く

    ▼Amazon Musicで聴く

    出演:片山光祐/保呂田直行 
    MC:中島静香

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