
夏越の祓(なごしのはらえ)
茅の輪くぐりは、上半期の年越「夏越の祓(なごしのはらえ)」として6月末から7月上旬に全国の多くの神社で行われますが、その由来は、蘇民将来の逸話に基づいています。
出典は備後国風土記で、釈日本記の備後国風土記逸文に掲載されています。
北の海に住む武塔の神が
日が暮れて宿を探していたところに
蘇民将来という兄弟がいました。
裕福な弟は宿を提供せず、
貧しい兄は喜んでもてなしました。
年を経て、再び兄を訪ねると
「娘が弟に娶られている」と聞きます。
武塔の神は、茅の輪を差し出して、
娘にそれを腰に着けているように言い、
その夜のうちに、その娘を残して、
弟一族を滅ぼしてしまいます。
武塔の神は、
「自分はスサノオ」と名乗り、
「その茅の輪を持っていれば
子孫は厄病にはかからない」
と伝えました。
※原本では蘇民将来は二人となっていますが、紛らわしいので、弟は巨旦(こたん)将来との表記が一般的です。
これによって、後に茅の輪は厄病を払うものとして定着しました。
茅の輪が置かれている神社でメジャーなところでは、奈良の大神神社、東京では神田明神などがありますが、いずれも国津神(出雲の神)が主祭神です。
意外と知られていませんが、江戸総鎮守神田明神の主祭神はオオナムチ(オオクニヌシ)、そしてスクナビコナです。
東京(神田明神)、京都(八坂神社)、博多(櫛田神社)を護る総鎮守は、今も変わらず出雲の神なのです。
また、出雲大社でも茅の輪が設置されています。

また出雲では、出雲神楽の演目として「茅の輪」があります。キャストは、スサノオ、蘇民将来、巨旦将来、厄病神です。
宿を求めるスサノオに対し巨旦将来は拒み、蘇民将来は受け入れます。
翌朝、スサノオは一宿一飯の恩義に対し、茅の輪を授けます。そののち、厄病神がやってきて、巨旦将来は倒れ、蘇民将来は茅の輪の力で厄病神を追い払います。
石見神楽にも、これにインスパイアされた演目があります。それは、人気演目の「鍾馗(しょうき)」です。

登場するキャラは、唐の闘神「鍾馗」と疫神のみです。
鍾馗は唐冠を被っているので中国の神様を連想しますが、片手に茅の輪を持ち、もう一方に十握の宝剣を持っているので、スサノオを模しているように見えます。
石見神楽公式サイトによると、唐の「鍾馗」の物語と蘇民将来の茅の輪の故事が合体したものだそうです。
蘇民将来の逸話は、貧しくても、人にやさしくしていれば、いつか報わる。きっと、そういう教訓なんですね。