
お坊さんになっても、心は穏やかにならなかった。元鍼灸師の僧侶・翠溪の自己紹介
はじめまして。
翠溪(すいけい)と申します。
この度、心と身体を整えることについて、日々の経験や学びをもとに綴っていこうと思い、noteを始めました。
僧侶、元鍼灸師。
私は現在、僧侶として働いています。
以前は鍼灸師として整骨院に勤め、身体の不調や痛みを抱える方々と関わってきました。
僧侶と鍼灸師。一見、違う仕事のようですが、どちらも人の心や身体について考える機会の多い仕事です。
そんな二つの経験から、心のあり方だけでなく、食事や身体の使い方、日々の生活習慣にも関心を持つようになりました。
頭では分かっていても、気持ちはそんなに簡単に変えられない
例えば、人間関係で嫌な思いをしたとき、頭では気にしないほうがいいと分かっていても、なかなか気持ちが切り替わらないことがあります。
相手の言動を何度も思い返して腹が立ったり。
時間がたっても、ふとした瞬間に思い出してぶり返したり。
思い返せば、僧侶の世界に飛び込んだ時、もっと日々を穏やかに過ごせるようになるだろうと考えていました。
でも、意外とそんなことはありませんでした(苦笑
僧侶だからといって、いつも穏やかな気持ちでいられるわけではありません。
私自身、人との関わりの中で、自分の感情と向き合うことの難しさを感じてきました。
仏教には、心の動きを見つめるための教えがあります。ただ、教えを知っていることと、実践することは別物です。
日常の出来事に対し、自分は何に反応したのか、なぜ気になってしまうのか。そんなことを振り返るのも、自分の心を知る一つの方法だと思います。
身体のことも大切にしたい
心のことを考える以前に、身体についても学んできました。
整骨院で働いていたときに、身体の構造から食生活や栄養学なども専門的に学び、さまざまな実践(時には自分の身体で人体実験)をしてきました。
また、僧侶となってからは、読経の声をよりよくするために、発声や身体の使い方についても学んでいます。ボイストレーニングに通い始めて、今年で3年目になります。
声について考えるようになった出来事の一つに、ある法事での経験があります。
参列されていた方の中に、プロのボーカルの方がいらっしゃいました。
一緒に般若心経を唱えたとき、その方の声が、僧侶である私の読経よりもずっと心に響いたのです。
ただただ感動しました。
お経は、内容だけでなく「声でどう届けるか」でも、届き方が変わる。そう気付かされた日でした。
こうした経験や関心も、このnoteで少しずつ取り上げていきます。
このnoteで書いていくこと
これから、主に次のようなことを書いていきます。
- 人間関係で生まれる怒りや不安との向き合い方
- 日常生活に活かせる仏教やお寺との付き合い方
- 僧侶としての気付きや裏話
- 心と身体を整えるために試していること
- 食生活や身体の使い方について学んだこと
身体や食事の話は、あくまで私自身の経験や学びとしてお伝えします。感じ方には個人差がありますので、気になる症状があるときは医療機関にご相談ください。
次回以降は、例えばこんな記事を予定しています。
- プロのボーカルの般若心経に、僧侶の私が感動した日(上で少し触れた法事の話を、改めて詳しく)
- 事実はいつも単純で、解釈はいつも複雑だ
- 毎朝の逆立ちを続ける理由
難しい言葉を並べるよりも、日常の中で実際に役立つことを、自分の言葉で伝えていきたいと考えています。
私自身も、日々、試行錯誤の実践中です。
悩んだり、考えすぎたり、うまく気持ちを切り替えられなかったりします。
だからこそ、その度に振り返り、自分の感情や身体の状態に目を向けることで、気付きを得て改善を加えてきました。
日々の出来事を振り返りながら、自分にできることを考えていく。そんな過程を、ここに書き残していこうと思います。
私の経験や考えが、同じような悩みを抱えている方にとって、何かのヒントになればうれしいです。
よろしければフォローして、次の記事も読んでいただけたらうれしいです。
これから、どうぞよろしくお願いいたします。