
毎朝ラジオを聞き、沖縄離島に暮らす、とある男の日常。
朝起きて、スマホのアプリをタップしてラジオを流す。毎朝のことだ。
聞こえてくるのが「一般常識の一問一答」なら、いつも通り。もし「薬用柿渋歯磨き」のCMが聞こえてきたら、ちょっと寝坊した証拠。そして嵐の曲が1曲かかると、「ああ、もうすぐ7時だな」と思う。
そこから、平井大の曲(曲名は知らないけれど、とにかく爽やかなやつ)に乗せて、7時の番組が始まる。
「おはようございます。9月21日月曜日、時計の針は7時を回りました」
パーソナリティーが、いつもの台詞を口にする。今日の声は張りがあって元気そうだ。水曜日あたりになると、ちょっとお疲れなのか「おはようございます」が少し詰まり気味だったりして、そんな人間っぽさが好きだ。
ニュースの前に、パーソナリティーが何か話している。どうやらシルバーウィークの話題らしい。「昔はこんな名前で呼んでなかったですよね…。いつの日からか…。」と話は続いていく。
申し訳ないが、あまりちゃんと聞いていない。まだ半分眠っている頭で、濃いめのコーヒーをすすり、バナナをぼんやりとかじっているからだ。
「今日の一曲目はこちら!」
そう言って流れる曲にも、なんだか親近感がある。数ヶ月前にもかかっていた気がするし、ABBAの『ダンシング・クイーン』なんて、もう年に何度も何度も流れている気がする。
天気予報が聞こえてきたら、7時20分を過ぎた合図。
「今日も暑い日になりそうです。風は強め、波もあるでしょう。今日は小潮で……」
漁師でもないのに、風やら波やら小潮の情報をなんとなく聞き流しながら、仕事への身支度を進める。
そして、残ったコーヒーを飲み干したちょうどその時、ラジオからやけに急かすような音が鳴る。
いよいよ、この番組のメインであろう「ニュース」が始まるのだ。
でも、僕はニュースが始まるとほぼ同時に、ラジオを止める。
出勤時間が来たからだ。
世の中の重大なニュースが語られようとするその瞬間に、プツッと音を消して家を出る。そういえば、ニュースのコーナーをじっくり聞いたことなんてないかもしれない。
僕は、ラジオと共にある意味生きているけれど、ちゃんとは聞いていない。
時計代わりなのか、ちょっとした気休めなのか。聞かない選択肢だってあるのに、毎朝当たり前のようにスイッチを入れている。
なんでだろうな、と考えて、ふと思い当たる。
我が家に「地上波が映るテレビ」がない。チューナレステレビはあるけれど、それを買ったのもつい最近のことだ。島に来てから、ずっとテレビのない生活を続けていた。
もし普通のテレビがあれば、朝のニュース番組を流していて、ラジオを聞くことはなかっただろう。
「テレビがないから、ラジオを聞いている」
なんだか昭和の時代みたいな理由だな、と自分で少し笑えてくる。
明日もきっと、何も考えずに起きて、ぼんやりとラジオをつける。僕にとって、ラジオって何なんだろう。
絶対になくてはダメなものでもないし、いらないものでもない。
強いて言うなら、「枕」みたいな存在か。
枕って万が一無くても、実はそんなに困らないのかもしれない。朝目覚めるとだいたい足元に転がっていたりするし。いつの間にか頭から外れていても、案外平気で寝ているものだ。
ラジオもそれに似ている。
ニュースが始まる時間にブチッと切って家を出てしまうように、最後までしっかり聞いているわけでもない。中の素材や縫い目を気にしていないのと同じで、パーソナリティーが何を熱心に話しているかだって、よく分かっていなかったりする。
無くてもきっと日常は難なく進む。でも、目覚めた時の最初のとっかかりとして、とりあえずそこにあってほしいのだ。
そんなことを考えながら、今日も家を出る。
さて、明日の朝は柿渋歯磨きのCMまでに起きられるだろうか?
さもラジオについて深く考察したかのように語ってみたけれど。結局のところ、ただのおっさんの朝の日常を、無駄に詳しく書いてみただけの話である。