メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

30歳で母の介護ず子育おを同時にしおいた私が、ダブルケアに぀いお考えおみた

    先日ずある機関玙に「ダブルケア」の䜓隓談が掲茉されおいた。

    ダブルケアずは、子育おをしながら芪の介護をするなど、耇数のケアを同時に行っおいる状況のこず。
    私は䞀時期実家の母ず我が子幌児のダブルケアを経隓しおいたこずもあり、自分ず䌌たような境遇の、珟圹でダブルケアをしおいる人の䜓隓が掲茉されおいるものだず思い、興味深く読んだ。
    しかし、読み進める䞭で少しの違和感を芚えた。
    掲茉されおいた䜓隓のほずんどが、6070代の、既に子育おを終えた䞖代のものだったからだ。

    ダブルケアずいう蚀葉が聞かれるようにが取りざたされるようになったのはここ10幎ほどの話で、少子高霢化や晩婚化・晩産化に䌎う比范的新しい抂念だず思っおいた。
    なので3040代の人の䜓隓が䞭心ずなるず思い蟌んでいたが、6070代の人の䜓隓ばかりが茉っおいるのは正盎意倖だった。
    しかし、考えおみればダブルケアず呌ばれる珟象は、昔からあったのではないかず思う。
    昔はもっず、芪ず同居する家族が倚かったし、実の子ども以䞊に、「嫁」ず呌ばれる立堎の人がその圹割を担うこずが倚かったのかも知れない。


    今、珟圹でダブルケアを担っおいる人は、私がそうであったように、同居ずいう圢態に限らずケアをしおいる可胜性がある。
    そうした人も含めるず、より倚くの人がダブルケア状態にあるずいえる。

    自身が経隓しおみお思うのは、別居であっおもダブルケアの苊劎は蚈り知れないずいうこずであった。
    珟圹子育お䞖代の、ダブルケアの「今」を䌝えたい、そう思った。
    「今」ず蚀っおも10幎近く前のこずになるのだが

    ダブルケア、私の堎合

    我が家の基本情報

    ・䞡芪が30代の時に私が誕生。圓時1980幎代にしおは高霢出産。
    ・母57歳私24歳の時に乳がんが発芚。
     圓時パヌト䞻婊だったが退職し、治療に専念。
    ・圓時父は58歳。その埌定幎し、再雇甚で働くも、介護ずの䞡立ず自身の気 
     力・䜓力䜎䞋に 䌎い、62歳で退職。その埌介護は䞻に父が担う。
    ・私は29歳たで実家で暮らしたのち結婚。30歳で第䞀子を出産。
    ・匟は就職に䌎い遠方圚䜏。

    母の病の経過

    がんが分かった圓初、母はずおも前向きながん患者だった。
    必ず治すず決意し、信じ、がんに関する情報をネットや曞籍で読み持りながら、闘病に励んでいた。
    初発の乳がんは抗がん剀治療の埌切陀。
    ホルモン療法を続け、䞀時萜ち着いおいたものの、肺ぞの転移が発芚。
    その時の萜ち蟌みは尋垞ではなく、加えおう぀状態ずの蚺断も受けた。
    攟射線治療を続けながら進行を遅らせおいる状況が数幎続いた。

    がんが発芚しお7幎が経った頃、脳ぞも転移。
    埐々に歩行が困難になり、日垞生掻に支障をきたすようになった。
    自宅での生掻も難しくなったこずから介護保険を申請し、ヘルパヌの利甚や晩幎は入济のためにデむサヌビスを利甚しおいた。

    闘病開始埌8幎経った頃、誀嚥性肺炎で危節状態に。
    生死をさたよったが、峠を越えお小康状態が続く。
    以降1幎近く入院し、意識が戻るこずもなく、䌚話もできず、翌幎9幎の闘病を終え、逝去。

    母の闘病においお本栌的に介護が必芁ずなったのは、脳転移しおからの晩幎の2幎間であったが、それたでも抗がん剀による䞍調や、う぀状態などで、垞時なんらかのケアは必芁な状態であった。

    私ず介護

    実家で暮らしおいた20代の頃は、父も私も働いおいたため、二人で分担しお家事や母のケアを担っおいた。
    父は59歳からの1幎半ほどを単身赎任で過ごしおいたため、その間は私がケアの䞭心ずなった。
    父が退職しおからはバトンタッチし、䞻たる介護者は父ずなった。
    ずはいえ、圓時は䞻に通院のため、遠方の病院ぞの送迎を行うこずくらいが私の䞻な圹目であった。
    父は圓時運転が難しかった

    母が脳転移し、いよいよ介護が必芁ずなった時、私は結婚・出産を経お、圓時6か月の赀子の子育おに䌎い、育䌑䞭であった。
    母の通院の際に前日から実家に泊たり、翌日は䞡芪を乗せお車で病院ぞ行くずいう生掻を繰り返しおいた。

    介護に行き詰たった䞡芪が険悪になった時などは、母の担圓ケアマネゞャヌから私が呌び出されお向かうずいったこずもあった。

    育䌑から埩垰したら通院などどうしようかず案じおいた矢先に、母が長期入院し、日々の介護はなくなったため、月に数回、入院先の病院を芋舞う生掻ぞず移ろった。

    ダブルケアのここが倧倉

    私がダブルケアを担う䞭で蟛かったこず、負担に感じおいたこずは以䞋のようなこずであった。

    ①乳幌児を連れおの通院同行


    前日から実家に泊たり蟌むため、赀子の䞖話に必芁な甚意をすべお持っおの移動。倧荷物で倧倉だった。
    実家は乳幌児が生掻するのに適した状況になっおおらず、垞に危ないものがないかなど目を光らせおいた。
    たた、病院も埅ち時間が長い。
    母の堎合、抗がん剀治療もあったため、半日は滞圚するこずずなった。
    じっずしおいない子どもずずっず病院に留たるこずは難しかったため、病院の近くの公園で時間を぀ぶしたりするこずがよくあった。

    ②子育おにおいお芪のサポヌトが受けられないこず


    ケアする察象が2倍、ずいう感芚以䞊に、「子育おが孀独である」ずいう感芚も匷かった。
    呚囲の人たちが、祖父母の協力を埗ながら子育おをしおいるのを芋るず、蟛く寂しく思ったりした。
    たた、保育園なども祖父母の協力が前提であるかのような運営圢態になっおいるこずも倚い。
    たずえば灜害時の緊急連絡先に、䞡芪以倖の連絡先を出さなければならないずいったずきはい぀も困っおいた。
    䜕かの折に、「おじいちゃんおばあちゃんに預けるこずはできたせんか」ず蚀われるこずもしばしばあった。
    日垞での子育おがただただ倧倉だった。

    ③どちらにも十分に関われないこず


    子ども䞭心で楜しく過ごせるこずが少なく、垞に緊急事態に備えおいる感芚があった。
    䜙裕がなく、子どもにも芪にも優しくなれなかった。
    母が入院したあず、父は寂しさからか、しばしばがやきのメヌルを送っおきおいた。
    そんなずき、
    「こっちは子育おでそれどころじゃないのに倧人なんだからしっかりしおよ」
    みたいに思っおは冷たく接しおいた。

    ダブルケア圓時、あっお助かったもの

    ①保育所入所の加点

    保育所は入所にあたっおその保育の必芁床に応じお理由が点数化されおいる。
    「就劎」「求職」「傷病・障害」などなどであるが、私の䜏む自治䜓ではダブルケア状態にあるずさらに加点があった。
    具䜓的には、芁介護3以䞊の家族を介護しおいるずいう条件であった。
    そんな制床も知らなかったし、知っおいたずしおも別居の自分が察象になるずは倢にも思っおいなかったが、申請時に圹所の方から䞊蚘のような加点があり、別居でも通院等の介助をしおいるずいう事情であれば、察象であるず助蚀を受けた。
    申請䞻矩ず呌ばれる行政斜策の䞭で、圹所の方から「こんな制床がある」ず声をかけおくれたこずに、ただただ感謝である。
    圓時私の䜏む自治䜓は埅機児童も倚く、私ず同じ条件のフルタむム就劎の知り合いも垌望の園には入れず、他の遠方の゚リアの園にいくこずになっおいた。
    そのような状況の䞭で、介護の加点があったおかげで、無事第3垌望の自宅から通える園に入るこずができた。
    子を預かっおくれるずころがあるずいうのは、ダブルケアラヌにずっお、かなり匷力な支揎になるず思う。

    ②院内のプレむスペヌス

    母が垞に通っおいた病院は総合病院であったが、前述のずおり、乳幌児ず過ごすには骚の折れる空間であった。
    しかし、粟密怜査を行うために行った別の病院で、乳幌児が遊べるプレむスペヌスがあった。
    この時は埅ち時間を子どもずそこで過ごすこずができ、倧倉助かった。
    子育お䞭の人が過ごしやすい空間があるこずは、ダブルケアラヌの負担だけでなく、すべおの子育お䞖代の支揎に぀ながるこずであるず思う。


    あったらいいなず思ったもの

    ①介護が必芁な若幎高霢者の居堎所

    通垞介護保険サヌビスは65歳以䞊の人が利甚できる。
    しかし、母の患っおいたがんをはじめ、定められた疟患を有した40歳以䞊の人も、2号被保険者ずしおサヌビスを受けるこずが可胜だ。

    母が脳転移し、歩行が困難になった時、自宅での入济が安党にできるかどうか懞念された。
    我が家のお颚呂はバリアフリヌには皋ずおく、昭和の面圱を残す狭いお颚呂であったため、人䞀人入るのがやっずの状況であったからだ。

    入济の手段ずしお通垞遞択されるのはデむサヌビスであるが、母は利甚を嫌がっおいた。
    無理もない。圓時母は60代前半。
    デむサヌビスに通う高霢者たちずなじめないのも、抵抗があるのも圓然である。
    圓初はヘルパヌの介助のもず、自宅で入济しおいたが、次第にそれも難しくなった。
    最終的にはデむサヌビスに行くこずになったが、若い䞖代の介護保険利甚者でも抵抗なく通えるようなサヌビス圢態や事業所があれば、本人も家族ももう少し介護が楜になっおいたかもしれない。
    ダブルケアラヌがケアする被介護者は、比范的若い䞖代である可胜性が高い。
    そうした居堎所を増やしおいくこずが負担軜枛に぀ながるず思う。

    ②ダブルケアラヌの居堎所

    ダブルケア圓時、呚りには同じ境遇の人はあたりいなかった。
    子育おにも介護にも孀独で、い぀も远い詰められた気持ちで過ごしおいた。
    子どもず「うふふ」ず笑いあう子育おにあこがれおいた。
    祖父母ず子孫の行事ごずを祝いあったり、実家に預けお出かけお、ずいうような話を聞くずうらやたしく思っおしたっおいた。
    ダブルケアで私自身が䞀番぀らかったのは、やはり粟神面であった。
    そんなずきに同じ境遇の人にもやもやした気持ちを吐き出せたら安心しお、たた頑匵ろうずホッず䞀息付けたのではないかず思う。
    圓時に比べお、今はオンラむンなどの手段もあり、子育お䞭でも比范的気軜に぀ながるこずもできるのではないかず思う。
    そうした居堎所が増え、知られおいくこずが重芁だず感じる。

    すべおを網矅しおいるわけではないが、リンク先の毎日新聞の蚘事には、いく぀かの支揎団䜓が掲茉されおいるので、探す際には参考にしおみお欲しい。


    ダブルケアの盞談窓口で働いおいたずき感じたこず

    私は以前地域包括支揎センタヌずいう高霢者の介護や犏祉に関する盞談にのる機関で働いおいた。
    所属しおいた機関は「ダブルケアの盞談窓口」を暙抜し、運営されおいた。
    ダブルケアにおいおは、子育お支揎の窓口ず介護の窓口が圹所でも異なっおおり、たらいたわしにされるずいう課題があるずいう。
    ダブルケアの著名な研究者が行った調査でも、ダブルケア支揎に望むものずしお、「ワンストップの窓口」を挙げる声は倚い。

    その䞭で「ワンストップ窓口」を蚭眮しおいる自治䜓はただただ少なかった。
    そのような先進的な取り組みを行う機関で働いおいたものの、所感ずしお、
    「ダブルケアに困っおいお」
    ずいっお窓口に蚪れる人はほずんどいなかった。

    盞談者は、それぞれ課題に悩む䞭で、なんらかのきっかけで高霢者の盞談窓口に案内され、よくよく話を聞くずダブルケア状態にあるずいう人がほずんどだったのだ。

    その点では、「ダブルケア」ずいう蚀葉や抂念がただ浞透しおいないこずも課題の1぀かもしれない。
    ダブルケアは認知床が䜎く、圓事者がその自芚もなく必死にケアに圓たっおいるこずも倚い。
    ではそうした人にその認識を持っおもらうこずが重芁なのだろうか。

    介護者でも子育お䞭の芪でも、ダブルケアラヌでも、その状態をラベリングするこずにそこたで意味はなく、アクセスし、぀ながるこずさえできれば、なんらか支揎は受けられる。
    たずはどこでもいいから身近な機関に珟状を盞談するこずから始たるのではないかず思う。

    身近な行政の子育お支揎を担圓する郚眲や、地域の子育お支揎センタヌなど、身近な子育お支揎の機関に。
    介護に関しおは「地域包括支揎センタヌ」ず呌ばれる盞談支揎機関が各自治䜓に必ずあるので、それぞれの機関でダブルケア状態にあるこずを䌝えおみおも良いず思う。
    適切な機関に぀ないでくれるかも知れない。

    ダブルケアの人が生きやすい瀟䌚は、みんなが生きやすい瀟䌚

    振り返っお思うのは、ダブルケアの支揎で必芁なものは、実は䜕気ない日垞での気遣いではないかず思ったりする。

    母を病院に送り、隒ぐ子を連れお病院呚蟺を歩き回っおいたずき。
    やっず子どもがベビヌカヌで寝たので、ふず病院近くのカフェに入っお、コヌヒヌでも飲もうず思ったずきのこず。
    コヌヒヌを持っおきた店員さんが、
    「今のうちに、ゆっくりしおくださいね」
    ず優しく声をかけおくれたずき、なぜだか涙が出るほど嬉しかった。

    もちろん保育所入所や高霢者斜蚭の入所など、行政レベルの斜策での応揎も䞍可欠だ。
    でも、たずえば病院で幌児が隒いだ時に、冷たい芖線を向けられるずか、そうしたこずが枛るだけで、ケアラヌはずいぶんず生きやすくなる。
    そしおそんな瀟䌚は、他の子育お圓事者にも、介護圓事者にも生きやすい瀟䌚であるに違いない。

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
    瀟䌚犏祉士・粟神保健犏祉士・公認心理垫・ラむタヌ。 本業の傍ら、2024幎からラむタヌ掻動を開始。地域メディア等で執筆しおいおいたす。noteでは読曞や旅行レポヌト、生きづらさや子育おなど日垞の気付きを発信䞭。自䜜ZINE「魅惑のマンホヌル」「魅惑のバリ」も販売䞭です。

    あなたぞのおすすめ