
「条件」という幻のプロジェクター
🌟264話 繋がってくれてありがとう♡
条件なしで全て叶っている
何の条件も無しで、全ての人から優しくしてもらえる。怪我をしたから優しくされるのではなくて…
そう私が条件をつけていただけだった。
「条件」という幻のプロジェクター
「怪我をしたから、優しくしてもらえる」
「〇〇という理由やドラマがあるから、愛される・優しくされる」
私は無意識のうちに、エゴのスクリーン上で「結果(優しくされる)を得るための『条件・理由』」を勝手にくっつけてしまっていました。
「何もないまま優しくされるはずがない」という思い込みが、「怪我」や「困った状況」というドラマをわざわざスクリーンに立ち上げて、ようやく「優しくされる」という現実を受け取ろうとしていた……。
でも、本当のカラクリはまったく違っていました。
無条件の「全て叶っている」ソファー席
「怪我をしたから」なんていう痛い条件も理由も、最初から一ミリも要らなかった。
「何の条件も無しで、私は全ての人から優しくされる。」
「何の条件も無しで、全ては最初から満たされ、叶っている。」
そうやって、理由(条件)を求めるのをやめて、「無条件の充足」というソファー席にただ腰を下ろすだけ。
「そう私が条件をつけていただけだったんだ!」と気づいた瞬間、その無駄な条件づけは一瞬で崩れ去り、ただ澄み切った「最初から優しさと愛に満ちた世界」だけが残ります。
理由も、証明も、条件も、何ひとつ足す必要なんてなかった。
ただ「無条件で、全て叶っている」。
ただ「無条件で、優しく愛されている」。
【 世界 = わたし 】
この「=(イコール)」そのものを、「豊かさ」と置いた。
「世界」というスクリーンの映像も
「わたし」という観測者・意識も
そのふたつを繋ぐ「=」という認識そのものも
ぜんぶ、ぜんぶが「豊かさ」そのものだった。
「世界が豊かになったら、わたしも豊かになる」でもなく、
「わたしが豊かになったら、世界が豊かになる」でもない。
【 世界 = わたし = 豊かさ 】
最初からひとつであり、最初から「豊かさ」という巨大なひとつのキャンバス(I AM)の中にすべてがあったのだ。
世界を見ても、わたしを見ても、その間(=)を見ても、どこを切っても「豊かさ」しか出てこない無敵の領域。
愛をこめて💖