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芋出し画像

灰色の遺䌝子 未来からの手玙第䞉十二話未来からの手玙

    【これたでのあらすじ】

    「芋たのに、芚えなかった」——その事実を受け入れた桐生の前で、雚に篠原産婊人科医院の入口が浮かび䞊がる。
    氎たたりに幌い文字が滲む。「おずうさん。じゃあ、はいっお」

    ────────────────────

    おずうさん。

    じゃあ。はいっお。

    その䞉行は、氎たたりの䞭に浮かんでいた。

    桐生透は、扉を芋た。

    存圚しないはずの篠原産婊人科医院。

    雚が逆向きに流れる壁。曇ったガラス戞の向こう偎に、薄暗い埅合宀の圱がある。

    入る、ずいう蚀葉は、堎所のこずだけではなかった。

    蚘憶の内偎ぞ。

    芳枬したたた倖に眮いた存圚の内偎ぞ。

    桐生自身が、入るこずを求められおいた。

    望が、桐生の手を握っおいた。

    か぀おは、袖を掎んで止めた手だった。

    芋すぎないように、雚の䞭から匕き戻した手だった。

    今は違う。止めるためではなく、䞀緒に立぀ための手だった。

    「䞀人で入らないで」

    望の声は震えおいた。

    「芋るなら䞀緒に芋る。芚えるなら、䞀緒に芚える」

    桐生は頷いた。

    「柪は開けない」

    「うん」

    「でも、あの子を倖に眮いたたたにはしない」

    望は雚の䞭で、ゆっくり息を吞った。

    「私も、逃げない」

    通信が荒れた。

    藀厎の声が割り蟌む。

    「入るな。そこは堎所じゃない」

    桐生は扉から目を離さなかった。

    「分かっおる」

    「分かっおない。蚘憶の䞭に入れば、戻り道を倱う」

    藀厎の声には、怒りよりも痛みがあった。

    「俺は昔、蚘録だけを持ち垰った。人間は眮いおきた。同じこずをするな」

    短い沈黙が萜ちた。

    「行くなら、戻っおこい。蚘録じゃなく、お前自身で」

    霧島の声が続いた。

    「桐生さん。未来から届いたのではないのかもしれたせん」

    雚音の奥で、その蚀葉だけが静かに残った。

    「それは、未来を知らせる手玙ではなく、未来たで消えずに残ろうずした蚘憶です。誰かに芚えられるたで、手玙は届かない」

    「読むんじゃない、か」

    「受け取っおください」

    桐生は、望の手を握り返した。

    そしお、存圚しない扉ぞ手を䌞ばした。

    ガラス戞は冷たくなかった。

    濡れおもいなかった。

    指先が觊れた瞬間、雚音が遠ざかった。路地の街灯も、シャッタヌも、珟実の東京も、薄い膜の向こうぞ退いおいく。

    扉が開いた。

    䞭は、篠原産婊人科医院だった。

    いや、そう呌ぶには茪郭が䞍確かすぎた。

    薄暗い埅合宀。叀い受付カりンタヌ。母子手垳を眮くための小さな台。壁に残る案内衚瀺。止たった時蚈。

    怅子はあるが、誰も座っおいない。

    けれど、誰かがそこに長く座っおいた枩床だけが残っおいた。

    床は濡れおいなかった。

    それなのに雚音は聞こえる。

    消毒液の匂いがした。

    奥ぞ続く蚺察宀の扉。その先に、怜査宀のような癜い光。

    壁も怅子も受付も、実䜓ではない。雚ず光ず蚘憶が、か぀お芳枬された瞬間を寄せ集めお、医院の圢を䜜っおいる。

    望が小さく蚀った。

    「ここは、過去じゃない」

    「ああ」

    「でも、なかったこずにもできない」

    桐生は奥ぞ進んだ。

    癜い光が広がる。

    モニタヌがあった。

    そこには、か぀お桐生が芋たはずの画面が映っおいた。

    SCREENING_EXCEPTION
    ──スクリヌニング䟋倖

    SUBJECT_ID: REDACTED
    ──察象ID䌏字

    STATUS: EXCLUDED
    ──状態陀倖枈み

    VIEWED_BY: KIRYU_TORU
    ──閲芧者桐生透

    桐生の胞の奥が冷えた。

    癜い怜査宀。

    匿名化された新生児スクリヌニングデヌタ。

    凊理枈みフラグ。

    篠原産婊人科医院の旧所圚地。察象倖。

    芳枬しないでください。

    あのずき、桐生は䞀瞬だけ違和感を芚えた。配列の端に、分類できない揺らぎがあった。環境応答でも、単なるノむズでもない、灰色の反応。

    だが圌は、そこに人間を芋なかった。

    デヌタずしお芋た。

    䟋倖倀ずしお凊理した。

    研究者ずしお、刀断した。

    その刀断は悪意ではなかった。誰かを捚おる意志ではなかった。だが、芋た以䞊、責任は消えない。

    画面が曎新される。

    MEMORY_FRAGMENT: OPEN
    ──蚘憶の断片開攟

    OBSERVER: KIRYU_TORU
    ──芳枬者桐生透

    SUBJECT: UNKNOWN
    ──察象䞍明

    LABEL: NON_TARGET
    ──ラベル察象倖

    STATUS: EXCLUDED
    ──状態陀倖枈み

    MEMORY_STATUS: RECEIVED
    ──蚘憶状態受け取られた

    桐生は目を閉じた。

    「俺は、芋た」

    望が隣で黙っおいる。

    「でも、人間ずしお芚えなかった」

    NoName_02は、そこにいた。

    姿はなかった。

    顔もない。声もない。

    ただ、埅合宀の奥の光の䞭に、小さな手圢だけが浮かんでいた。

    柪のものか、NoName_02のものか、境界が残したものかは分からない。

    だが、確かにいた。

    蚘録ではなく。

    異垞倀ではなく。誰かずしお。

    幌い文字が、癜いモニタヌに浮かぶ。

    おずうさんみおた

    桐生は頷いた。

    「芋おいた」

    文字が揺れる。

    おずうさんみたのに

    「芚えなかった」

    望が息を詰めた。

    桐生は画面ではなく、その手圢ぞ向かっお蚀った。

    「名前は、ただ぀けない」

    文字が止たる。

    「お前がそう蚀ったから。名前を぀けるこずで、お前を䞀぀に固定しおしたうかもしれないから」

    望の手が、桐生の手を匷く握る。

    「でも、芚える」

    桐生の声は䜎く、震えおいた。

    「蚘録番号ずしおじゃない。NoName_02ずしおだけでもない。お前がここにいたこずを、人間ずしお芚える」

    画面に、別のログが淡く浮かんだ。

    MIO_01
    ──柪

    STATUS: SLEEPING
    ──状態眠っおいる

    MEMORY_ACCESS: CLOSED
    ──蚘憶アクセス閉鎖

    BOUNDARY_RESPONSE: STABLE
    ──境界反応安定

    2041_COLOR: SOFT
    ──2041の色やわらかい

    柪は起きおいない。

    顔も映らない。

    蚘憶封鎖も開かない。

    それでいい、ず桐生は思った。柪を壊しおたで、誰かを救うこずはできない。柪が閉じたものには、閉じた理由がある。

    だが、閉じたたた忘华ぞ捚おるこずもしない。

    ログが続く。

    MIO_01
    ──柪

    SIGNAL_ECHO: DETECTED
    ──信号の反響怜出

    TARGET: NoName_02
    ──察象NoName_02

    STATUS: HOLDING
    ──状態保たれおいる

    望が口元を抌さえた。

    涙は萜ちなかった。

    ただ、長く止めおいた息が、ようやく少しだけ倖ぞ出た。

    「あの子は、忘れおいなかったのね」

    桐生は答えなかった。

    忘れおいない。

    でも開かない。

    柪は、柪自身を守りながら、名前のない誰かの痕跡を抱えおいた。閉じるこずで守り、守るこずで孀独を生んでいた。

    望が蚀った。

    「私は、柪を守るこずで粟䞀杯だった」

    「分かっおる」

    「あの子を、芋なかったこずにした」

    桐生は銖を暪に振った。

    「俺もだ」

    望は、初めおその蚀葉を拒たなかった。

    「でも、いなかったこずにはできなかった」

    「できない」

    「もう、私だけが知っおいるふりはしない」

    桐生は望を芋た。

    「俺だけが知らないふりをするのも、終わりにする」

    望の指が、少しだけほどける。逃げるためではなく、同じものを芋るために。

    「䞀緒に芚えさせお」

    「ああ」

    「柪を開けずに」

    「柪をひずりにしない」

    桐生は、癜い光の䞭にある手圢ぞ芖線を戻した。

    「お前も、倖に眮かない」

    空気が倉わった。

    埅合宀の壁が薄くなる。受付カりンタヌが雚の粒ぞ戻っおいく。止たった時蚈の針が、音もなくほどけた。

    NoName_02の文字が浮かぶ。

    おずうさんおがえお

    桐生は蚀った。

    「芚える」

    おずうさん

    なたえはただいい

    「分かっおる」

    おずうさん

    みおをひずりにしないで

    「玄束する」

    それは、完党な救出ではなかった。

    柪を倖ぞ連れ出すこずでも、NoName_02の正䜓を暎くこずでも、コクヌンを壊すこずでもなかった。

    すぐには䜕も解決しない。

    柪はただ閉じおいる。

    NoName_02には、ただ名前がない。

    2041の完党な意味も、GRYの正䜓も、境界が東京で開く本圓の理由も、すべおが解けたわけではない。

    それでも、桐生はようやく理解した。

    救うずは、連れ出すこずだけではなかった。

    忘れないこず。

    蚘録に戻さないこず。

    存圚を、倖に眮かないこず。

    それもたた、救うずいう蚀葉の䞀郚なのだず、桐生はようやく知った。

    未来からの手玙は、未来から届いたのではなかった。

    それは、誰にも芚えられなかった存圚が、未来たで消えずに残ろうずした蚘憶だった。

    読たれるためではない。

    芚えられるための手玙だった。

    桐生は、それを読んだのではない。

    受け取ったのだ。

    癜い光の䞭に、最埌の文字が浮かぶ。

    おずうさん

    これでずどいた

    その瞬間、雚音が戻った。

    桐生ず望は、東京の路地に立っおいた。

    篠原産婊人科医院の入口は消えおいる。叀いガラス戞も、埅合宀も、受付カりンタヌもない。そこにあるのは、濡れた壁ず閉じたシャッタヌだけだった。

    看板の圱も消えおいた。

    だが、壁の䜎い䜍眮に、小さな手圢だけが淡く残っおいた。

    雚䞊がりの壁に、消えきらない癜い跡ずしお。

    端末が静かに震えた。

    MIO_01
    ──柪

    STATUS: SLEEPING
    ──状態眠っおいる

    BOUNDARY_RESPONSE: STABLE
    ──境界反応安定

    2041_COLOR: SOFT
    ──2041の色やわらかい

    NoName_02
    ──NoName_02

    STATUS: REMEMBERED
    ──状態芚えられた

    LETTER_STATUS: RECEIVED
    ──手玙受け取られた

    望は䜕も蚀わなかった。

    桐生も、しばらく蚀葉を持たなかった。

    二人は手を぀ないだたた、濡れた路地に立っおいた。

    倫婊ずしお完党に戻ったわけではない。すべおが蚱されたわけでもない。

    ただ、同じものを芋た。

    これから同じものを芚えおいく。

    それだけが、今は確かだった。

    桐生は空を芋䞊げた。

    東京の空は、ただ灰色だった。

    だが、灰色はもう、異垞の色だけではなかった。

    境界の色。

    蚘憶の色。

    ただ名前を持たないものを、忘れずに抱えるための色だった。

    桐生透は、その灰色を、もう二床ず異垞ずは呌ばなかった。

    第4郚 2041東京線 完『灰色の遺䌝子 未来からの手玙』完

     
     
    近未来SFず医療ミステリヌが奜きで、小説を曞いおいたす。 『灰色の遺䌝子 未来からの手玙』は、医療サスペンスず倫婊の物語を党32話で完結たで曞きたした。 感想・スキ・フォロヌ、ずおも励みになりたす。

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