
短編「ウラミジール・オソロシビッチ」
今となっては昔の話。ロシアのとある村に、僧侶が住んでいた。僧侶は、ウラジミールという名の下男を雇っていた。
この僧侶は、とてもケチな男で、下男のウラジミールは、それをいつも憎らしく思っていた。そして、いつか仕返しをしてやろうと、機会をうかがって
いた。
ある冬のこと。僧侶は朝早く下男を起こすと、こう命令した。
「さあウラジミール、したくをしろ。ステップ(中央アジアなどに分布する乾燥した草原)へ干し草を取りにいくぞ」
そこには、僧侶の所有する干し草が、山のように
積まれていたのだ。
ウラジミールは、さっさと出かける準備をした。馬を荷車につけたときも、まだ辺りは暗かった。僧侶はケチな人間の本領を発揮して、朝ごはんを食べずに出かけられるよう、ことさら早く起きたのだった。だが、ウラジミールは、相手の魂胆がすでに
分かっていたので、黒パンのかたまりをこっそり
盗むと、自分の懐に入れておいた。
二人は出発した。ところが干し草を載せてもどってくる途中、吹雪に見舞われた。やがて馬は力尽き、道に迷ってしまった。荷車を引きながら、二人は長いこと、ステップをさまよい歩いた。夕方近くなって吹雪はやんだが、どうしても帰り道を見つけだすことができなかった。
ウラジミールはひどい空腹に襲われた。そこで、積み荷の干し草の上に座って、懐のなかでパンを少しずつほぐしては、口のなかに放りこんだ。僧侶も腹が減って死にそうだったが、ふと見ると、ウラジ
ミールが口を動かして、なにやら噛んでいる。そこで、訊ねた。
「おまえ、なにを食べているんだい?」
下男は答えた。
「干し草でがんす、旦那さま」
「まさか、おいしくはあるまいな」
「しょうがねえですよ。飢えには勝てませんから」
それを聞き、僧侶はこっそり干し草を噛んでみたが、なんともマズい。
二時間ほど経った。辺りは、暗くなってきた。ウラジミールは、まだ噛んでいる。そこで僧侶が、また訊ねた。
「おい、おまえ。なにを食べているんだい? まさかパンではあるまいな」
「なにをおっしゃいます。パンなど、どこにもありませんよ。食べているのは干し草でがんすよ、旦那さま」
それを聞き、僧侶はまた干し草を噛んでみたが、ダメだ、とても吞みこめない。しかも困ったことに、辺りはもうすっかり暗くなってしまった。
三時間くらいが経ったとき、二人は遠くのほうに
村を見つけた。そこで、その方角へと足を運び、
村はずれの家の戸をたたいた。すると主人が出てきて、二人を通すと、こころよく一夜の宿を貸してくれた。僧侶はすぐさま母屋(おもや)のほうへ行ってしまったが、その家の主人は、ウラジミールが荷車から馬をはずすのを手伝ってくれた。下男はお礼を言い、さらに言葉を続けた。
「うちの旦那を夕飯に呼ぶときゃあ、一回しか呼ばねえほうがええですよ。旦那は、しつこくされるのが嫌いだから、うるさくすると、とんだ災難を招きますんで。なにしろ、旦那はひどく怒りっぽい人なもんで」
主人は頷き、やがて夕食のしたくができると僧侶に言った。
「お坊さま、夕飯を食べておくんなさい」
僧侶は、即座にご馳走になりますと答えたかったが、それでは意地汚くてみっともないので、もういちど声をかけられるまで待っていた。ところが主人は、ウラジミールの言いつけにしたがって、それ以上、僧侶を誘おうとはしなかった。それで、こんどは下男に言った。
「おまえさんも、どうぞ、食べてくだせえ」
ウラジミールは、待ってましたとばかり、すぐ食卓について、ご馳走にあずかった。僧侶は、それを
見ながら、よだれを垂らしていた。
夕食が済むと、三人は床についた。主人は床に
寝て、僧侶と下男をペチカ(ロシアの暖炉兼オーブン)の上に寝かせた。そばには、パンを作る練り粉の入った桶が置いてあった。僧侶は、夜中にウラジミールを起こして、ささやいた。
「わしはお腹が空いて、眠れないよ」
目を覚ました下男は、言った。
「ほら、そこに練り粉がありまさあ。それを食べなすったらええ」
「スプーンがなくて、どうやって食べるんだね?」
「手で食べたらええでしょうが」
そう言われた僧侶は、手で練り粉をかき出したが、そのとき僧服を汚してしまった。
「ウラジミール、わしは服を汚してしまった。どうしたらいいだろう?」
「降りて、洗うんですよ」
僧侶は、ペチカから降りた。椅子の上に、水の入った壺(つぼ)が置いてあるのを見つけて、手を突っこんだが、抜けなくなってしまった。僧侶は助けを求めた。
「ウラジミールや、手が抜けなくなってしまった。どうしよう?」
「壺を石にぶっつけて、割ったらええですに」
「どこに、そんな石があるんだい?」
ほら、敷居のところにあるでしょうが」
敷居のそばの床に、この家の主人が寝ていた。主人の頭は禿げていて、暗闇の中では、石のように光っていた。僧侶は、その禿げ頭に近づいていくと、ものすごい力をこめて壺をぶつけた。主人は悲鳴をあげたかと思うと、やがて起き上がり、両手で僧侶をかかえて、家の外へ放りだした。僧侶は立ちあがると、帽子をかぶることさえ忘れて、一目散に逃げだした。そして、夜通しずっと駆けつづけ、ようやく自分の家へたどり着いた。右手に壺をぶらさげたまま。
いっぽう下男のウラジミールは、翌朝、干し草を
荷車に載せ、馬に引かせてもどってきた。
食べ物のウラミがオソロシイことを、身にしみて
知った僧侶は、朝飯ぬきで下男を仕事に駆りだす
ようなことは、もはや、しなくなった。
「使う男、知れ。パンが先さ。頑張れ、仕事を」「迂闊」
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