メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【漫画でわかる】Levi’sの歴史――鉱山の作業着から世界の定番ジーンズへ


    画像
    画像
    画像
    画像
    画像
    画像
    画像
    画像
    画像
    画像

    Levi’sの歴史

    **Levi’s(リーバイス)**は、もともと19世紀のアメリカ西部で働く人のために作られた作業着でした。それがカウボーイ、映画スター、ロックミュージシャン、若者文化へと広がり、現在では「ジーンズの元祖」といえる世界的ブランドになっています。

    なお、会社名はLevi Strauss & Co.、商品ブランドがLevi’sです。

    1.創業者リーバイ・ストラウス

    創業者リーバイ・ストラウスは1829年、現在のドイツ・バイエルン州に生まれました。ユダヤ系移民としてアメリカに渡り、兄たちが営んでいた衣料・雑貨の卸売業に加わります。

    1853年、ゴールドラッシュで急成長していたサンフランシスコへ移住し、衣類、生地、毛布、靴などを西部の商店に卸す**Levi Strauss & Co.**を設立しました。この時点では、まだジーンズメーカーではなく、総合的な繊維・雑貨商でした。(Levi Strauss & Co)

    2.1873年、ブルージーンズが誕生

    ジーンズ誕生の中心人物は、リーバイ・ストラウスだけではありません。ネバダ州で仕立屋を営んでいたヤコブ・デイビスが、労働者のズボンがポケットの端から破れやすいことに着目しました。

    デイビスは、負荷のかかる部分を銅製のリベットで補強する方法を考案。しかし特許を取る資金がなかったため、生地の仕入れ先だったリーバイ・ストラウスに共同事業を持ちかけます。

    1873年5月20日、2人は「ポケット開口部の補強」に関する米国特許を取得しました。これが、一般にブルージーンズの誕生日とされています。もともとの名称は「ジーンズ」ではなく、腰までの作業用オーバーオールを意味するウエスト・オーバーオールでした。(Levi Strauss & Co)

    3.「501」という名前は1890年から

    1873年に誕生したパンツが、最初から「501」と呼ばれていたわけではありません。

    リベット補強の特許が切れた1890年、主力の高級作業ズボンに商品管理用のロット番号として501が付けられました。この数字の正確な由来は、1906年のサンフランシスコ地震・火災で古い資料の多くが失われたため、はっきり分かっていません。(Levi's)

    つまり厳密には、

    • 1873年:リベット付きブルージーンズの誕生

    • 1890年:「501」という品番の採用

    という順序です。

    4.ブランドを象徴するマークが登場

    ツーホース・マーク

    1886年、2頭の馬がジーンズを左右から引っ張るツーホース・マークが採用されました。

    当時は英語を十分に読めない労働者も多かったため、絵を見るだけで「馬が引っ張っても破れない丈夫なパンツ」と伝わる広告になっていました。(Levi Strauss & Co)

    アーキュエット・ステッチ

    バックポケットに縫われた、翼のような二重の曲線がアーキュエット・ステッチです。補強と装飾を兼ねたデザインで、現在でもリーバイスを見分ける代表的な特徴です。

    赤タブ

    1936年には、他社製品と区別するため、右後ろのポケットに小さな赤い布、いわゆるレッドタブが付けられました。今ではツーホースと並ぶ重要なブランド記号です。(Levi Strauss & Co)

    5.作業着からカウボーイの服へ

    1920~30年代になると、鉱山労働者、農場労働者、鉄道員などに加え、ロデオ選手やカウボーイにも広がります。

    リーバイス社は1920年代からロデオ選手を広告に起用し、1930年代にはカウボーイをブランドイメージの中心に据えました。こうして501は、単なる丈夫な作業ズボンから、アメリカ西部の自由とたくましさを表す服へ変化していきます。(Levi Strauss & Co)

    6.1934年、女性用ジーンズを発売

    1934年、リーバイスは女性向けのLady Levi’sを発売しました。品番は「701」で、女性用として設計された初期の本格的なブルージーンズです。

    当時、女性が日常的にズボンを着ることはまだ一般的ではなく、かなり先進的な商品でした。農場や牧場で働く女性や、休暇で西部を訪れる女性を中心に普及していきます。(Levi Strauss & Co)

    7.第二次世界大戦と「大戦モデル」

    第二次世界大戦中は、金属や糸などの物資を節約するため、501の仕様も簡略化されました。

    股部分やコインポケットのリベット、背面のサイズ調整用ベルトなどが省略され、バックポケットのアーキュエットも、糸で縫う代わりにペンキで描かれた時期があります。

    この時代の501は、現在では大戦モデルと呼ばれ、ヴィンテージ市場で非常に人気があります。(Levi Strauss & Co)

    8.1950年代、反抗する若者の象徴へ

    戦後、ジーンズは作業着から若者のファッションへ大きく変化します。

    1953年公開の映画『乱暴者』で、マーロン・ブランドが501を使ったバイカースタイルを見せたことなどから、ジーンズはオートバイ、不良文化、反抗心、自由の象徴として認識されるようになりました。(リーバイス®公式オンラインストア)

    学校によってはジーンズの着用が禁止されましたが、禁止されたことがかえって「大人の価値観に従わない若者の服」というイメージを強めます。

    ちなみに、会社が広告や商品表示で「ウエスト・オーバーオール」ではなく、正式にjeansという言葉を使うようになったのは1960年ごろです。1950年代の若者がそう呼び始めたことがきっかけでした。(Levi Strauss & Co)

    9.1960~70年代、世界の若者文化へ

    1960年代には、リーバイスはヨーロッパやアジアに事業を拡大。1965年には国際部門が設けられました。(Levi Strauss & Co)

    同時に501は、ヒッピー、学生運動、ロック、フォーク、アートなどのカウンターカルチャーと結びつきます。新品をきれいに着るのではなく、

    • 穿き込んで色落ちさせる

    • 穴を開ける

    • ワッペンや刺繍を加える

    • 裾を切ってショートパンツにする

    といった、着る人自身によるカスタマイズが広がりました。

    ここでジーンズは「会社が完成させた商品」ではなく、穿く人が育て、完成させる服になったのです。

    10.日本での独自進化

    日本では1950年代以降、アメリカ映画やロックンロールへの憧れからジーンズ文化が広がりました。当初は輸入品が少なく、米軍基地周辺や古着店で手に入れる貴重な服でした。(Levi Strauss & Co)

    1980~90年代には、古着雑誌やヴィンテージショップを通じて、赤タブ、ボタン裏の刻印、セルビッジ、縫製、年代別の色落ちなどを研究する文化が発達します。

    日本のマニアやメーカーはアメリカ以上ともいえる細かさで古い501を研究し、岡山・児島などの国産デニム産業にも大きな影響を与えました。リーバイス自身も過去の製品を忠実に復刻する**Levi’s Vintage Clothing(LVC)**を世界展開しています。

    11.現代のリーバイス

    1986年にはチノパンを中心とするDockersを開始。2013年には研究開発施設「Eureka Innovation Lab」を開設し、レーザー加工やデジタル技術を使った仕上げ方法も研究してきました。

    2019年には、Levi Strauss & Co.が「LEVI」の銘柄コードで再び株式上場。2023年には501誕生150周年を迎えました。(Levi Strauss & Co)

    現在の501は、伝統的なストレートシルエット、5ポケット、ボタンフライを基本としながら、男女向け、細身、ワイド、クロップドなど、さまざまな形へ展開されています。(リーバイス®公式オンラインストア)

    Levi’sが特別な理由

    リーバイスのすごさは、単に古いブランドだからではありません。

    労働者の道具として生まれ、
    カウボーイの制服になり、
    若者の反抗の象徴になり、
    最終的には性別や年齢、国を問わない世界共通の普段着になりました。

    つまりLevi’sの歴史は、一本の作業ズボンが約150年をかけて、世界で最も普遍的なファッションアイテムへ変わっていった歴史です。

     
     
    興味を持ったあらゆる分野を、GPTで分かりやすい10ページ漫画にして公開しています。 雑学や教養を、楽しく気軽に学べるnoteです。

    あなたへのおすすめ