
【企画SS#風まかせ文芸部】余韻
(1,000字)
「余韻だよ」
それはなに、と尋ねると、彼はこともなげに言った。
よいん。僕はその言葉を舌で転がす。なんだっけ、よいんって。
「ハンドベルを知ってる?」
空色の小瓶を見つめながら彼が言う。蓋のコルクが金で縁取られた、美しい瓶だ。
「知ってる」
「あれの、最後の音みたいなもの」
僕の耳に、りぃぃぃぃ………ん、という、細く長く高い音が響く。果てしない世界の無限の終わりのような、美しく儚く、それでいていつまでも続く音。
あれが余韻だと、彼は言う。
「みたいなもの、ね」
次に手に取ったのは薄いオレンジの瓶だ。薄いというより透明なオレンジ。星の泉で水浴びをする生まれたての太陽は、きっとこんな色なのだろう。あるいは、半分になるまで舐めた飴玉の色。
彼の長い指が口から飴玉を取り出す様を想像してみる。それは、生まれたての太陽よりも美しい気がした。
「その『余韻』をどうするの?」
「拾って仕分けて、並べておく」
こうやってね。
そう言って、彼は色とりどりの小瓶を示す。透明なオレンジの小瓶には、深い緑の縁取りのコルク。
「そうするとどうなるの」
「たまに誰かが貰っていく。たまに僕が飲んでみる。たまに君のような子が、綺麗だなぁと眺めていく」
ふふ、と小さく笑って、彼の指がオレンジの小瓶を掴む。はい、と差し出されてどうしたらいいかわからずに、黙って彼の瞳を見つめた。
「気に入ったんだろう、この瓶が」
「…もらっていいの?」
「いいんじゃないかな。僕のじゃないけど」
僕も飲むしね、と言って、彼は夜空の色の小瓶を選ぶ。コルクには銀の縁取り。星空の瓶だね、と呟くと、そうだねと彼は笑った。長い指がコルクを取ると、きゅっと小さな音が鳴る。
その音には、『余韻』はなかった。
「それを飲むとどうなるの」
「さぁ、よくわからない。でもきっと、身体のなかに星空ができる気がする」
横目で僕を見て、彼は小瓶の縁に唇をつける。
星空がその喉を通っていくのだろうか。それとも、その胸で星が生まれるのだろうか。
僕は手のなかのオレンジの小瓶を見る。同じように唇をつけたら、僕の身体には何が生まれるのだろう。
太陽だろうか。飴玉だろうか。それとも…
彼が微笑んで見ている。僕はコルクに指をかける。きゅ、と余韻のない音。
小瓶には、なみなみと、たっぷりと、透明なオレンジの余韻が満ちている。
唇をつけると、胸の奥でりぃぃぃ……んと世界が続いていく音がした。
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