メインコンテンツへスキップ
見出し画像

いい大人は立ち食いも老舗もピンキリの蕎麦を食らうべし


    ​ 「文豪が通っていたような蕎麦屋で通ぶって食べるのはみっともない」
     
    どこぞの経済評論家がエッセイに書いていたのを覚えている。たしかにあまり通ぶって食べるのはいただけないが、美味い店で食べるのは当然のことなんです。そして、その美味さの中には、店のおもむきも一役買っていていいんだよ。
     
    綺麗に磨かれた木でこさえた焦げ茶色のテーブルに、歴史を支える柱や梁。そこに積み重ねられた時間があると思うだけで、蕎麦はさらに美味く思える。
     


    「みっともない」と思うのは勝手だけれど、それをわざわざ口にしちゃうというのは、逆に可哀想だなあと思ってしまう。蕎麦こそ寿司より自由に食べるべきものだとは思うんだよ。そんな私の蕎麦好きの原点ははっきりしていてね、

    今でも「とびきり美味い蕎麦」との出会いを思い出せる。

    ​ホームの立ち食いと「みすぼらしさの美学」


    私はね、高校生のときはからきし勉強が苦手でね。単位が足りないんじゃないかと思いながらも、学校へは行かずにフラフラしていた時期がある。
     
    別に不登校とかじゃないんだけど、17にもなると学校の必要性というのを感じていなかったんですね。言っちゃあなんだが、私の母校はお世辞にも品が良いとは言えないから教師もほとんど気にしない。おかげでいい小旅行を繰り返してたね。

    それより、時々駅のホームに立つと反対行きの列車に乗って、ボックス席で本を読んでいる方が有意義な時間だったんだよ。そんな時には必ず途中下車して食べるものがあった。
     
    今ではてんで見なくなったホームの立ち食いそばが、本当に美味かった。
     

    画像
    大人のお子様ランチ


     
    バイトはしていたけれど、金のない高校生にとってはちょいとした贅沢なんだよ。
     
    決まって注文するのがコロッケ蕎麦に玉子と天かす。立ち食いそばの七味なんて香りが弱いから、少し多めに散らす。コロッケを色の濃いつゆに浸してね、天かすと蕎麦をすするんだ。
     
    コロッケが丁度いい具合におつゆを吸ったら、がぶりと食らい、最後は玉子を少し溶いて丼を空にするわけです。
     

    画像



    いや、これにはマクドナルドじゃ味わえない満足感がありました。これもね、五感で食うという「みすぼらしさの美学」なんだよ。

     

    神田「薮」で手繰る粋


    神田に「かんだ やぶそば」という老舗がある。
     
    数寄屋造りの木造二階建てで、いかにもな佇まいだったが、2014年に火事でもって営業ができないほどに焼けてしまった。
     
    「もうあの蕎麦を手繰れないのか」と肩を落としたが、2年ほどで新店舗として改築された。ここがまさに「文豪が通っていたような蕎麦屋」ですよ。
     
     
    新装して初めて訪れた時に並んでいると、店内がちらりと見えた。連れに「前より広くなってないか?」と言ったら、前に並んでいたお兄さんが「広くなりましたよ」なんて教えてくれたんです。こういうちょっとした会話も、ファンのいる店の楽しみだ。
     
    こういう店では、せいろう蕎麦につまみと酒を一本頼むんだよ。

    画像
    芝海老の天たね(かき揚げ)


    改築ですっかり店内は明るくなってしまったけど、やはり老舗の看板を背負ってるだけで食べるのが待ち遠しい気分になる。ほど良い緊張は、本当の蕎麦食いが席を埋めているからか。でも、そこに刺々しさなんててんでない。自分の好きな食べ合わせを選ぶ作業が楽しいからなんだよ。

     
    つまみを食べ終えたあたりで蕎麦が運ばれる。このタイミングで盛りの中心部分から蕎麦を持ち上げると、綺麗に離れる。蕎麦をそのままにすると乾いてほぐれにくくなるから、運ばれたらささっと手繰るんだ。
     

    画像
    緑がかった色が特徴のせいろうそば

     
    よく、蕎麦の先だけをちょっとだけつゆにつけて食べる人がいるが、あれはつゆが薄い店ならばどっぷりつけてもいい。薮のつゆは濃くてしょっぱいから、先だけをちょっとつけるんだよ。
     
    ちょっとだけでも鰹節の出汁がしっかり効いていて、それでも蕎麦の風味は残るという寸法なんです。


    ピンキリを知ってこそ「いい大人」


    最後は蕎麦湯で締めるんだけど、酒が残っていれば空にしてから最後に蕎麦湯を飲めば、しっかりと美味さが口の中に残る。もうね、ここの蕎麦は薬味がない「もり」でも十分に美味しい。
     
    なぜかと言うと、店内の雰囲気なんだな。初めて来店したんじゃないか?という蕎麦好きや、一人で黙々と酒を飲みながら蕎麦を待つ人。あれは慣れてるな、とかね。


     
    皆が美味い美味いと食べていれば、こっちも自然と美味さが増すんだよ。それが老舗のいいところだ。
     



     
    蕎麦にしろ寿司にしろ、料理が美味いという店にはなにかしらの理由がある。少なくともね、凛とした空気が包まれながら嫌味を感じない店。神社みたいなもんだよ。それと、ピンキリのピンは外せないね。「安くて美味い店」は流行るが、安くて美味くて競馬場で食うモツ煮となると途端にハードルが上がるでしょう?だからね、立ち食いそばはちょうど中間ってところで「安いなりの味と食材をいかに美味く食うか」が楽しい。寒風吹きすさぶ中、両手を擦り合わせながら手繰る一杯は薮にも負けないピンの美味さがある。



    それをどこぞの誰かが何を言おうと、自分の舌で確かめもせずに敬遠するのは、野暮というものだ。老舗の味も立ち食いの味も知らなきゃもったいないじゃないですか。私の中ではどちらも一流なんだよ。
     
    一流になりたければ、一流のものに触れる。
     
    ピンキリを知っていてこそ、いい大人になれるというものなんだよ。

     
     
    50代前半。 素人だから気づいた経済の面白さから、自ら双極性障害歴20年でもある経験をいかした精神医学や日々の気づきまで、思ったことを徒然に書いています。過去の記事はマガジンにあります。 Amazonのアソシエイトとして、適正販売により収入を得ています。

    あなたへのおすすめ