
昭和の共犯者①浅間山荘事件とメディアと視聴者の倫理観
2月に公開された映画「セプテンバー5」。
1972年のミュンヘンオリンピックで起きたパレスチナ武装組織によるイスラエル選手団の人質テロ事件の顛末を、事件を生中継したテレビクルーたちの視点から映画化したサスペンスドラマ。報道の自由、事件当事者の人権、報道がもたらす結果の責任など現代社会にも通じる問題提起を盛り込みながら緊迫感たっぷりに描いた作品である。
私はこの映画を観て、かつて昭和に起こった日本赤軍の浅間山荘事件と過熱する報道、それを夢中になってテレビに釘付けになる視聴者を思い出した。
事件概要: 1972年2月19日、連合赤軍のメンバー5人が長野県軽井沢の「浅間山荘」に侵入、管理人の妻を人質に立てこもった。警察は山荘を包囲、10日間の攻防戦が展開。2月28日、警察が鉄球や催涙ガスで突入、人質を救出し、犯人5人を逮捕。死者3人(警官2人、民間人1人)、負傷者27人(機動隊26人、報道関係者1人)。事件はテレビで10時間40分生中継され、国民は画面に釘付け。
1974年生まれの私は、当然リアルタイムで視聴してない。物心ついた時に昭和の特集で、初めて知った事件である。
私の実家は当時、豆腐屋を営んでいた。
サプライズやハプニングが大好きだった母は日中テレビに釘付けで、お客さんが来ると急いで対応したらしい。
不謹慎だけど観たい。
きっとそんな心境であったに違いない。
多分日本赤軍の動機や、事件の背景よりも、浅間山荘で繰り広げられている、日本赤軍対警察、それを報道するテレビに夢中だったのだろう。
浅間山荘事件以降の立てこもり事件や強盗事件はやはり同様のスタイルで報道されていた。
国家は「正義の警察」
報道は観たいを煽り立てこもりを垂れ流し、事件をショー化。
視聴者は不謹慎だけど観たい。
三位一体の確信犯ともいえる。
浅間山荘事件の共犯者は、報道だったかもしれない。