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ありものでササっと

    誰かのために毎日欠かさず創作しているのに、誰にも褒められない創作物というものがある。食事だ。

    夕方、仕事終わりの車の中で今日は何について書こうかと悩んでいた。
    ぱっと思いつくテーマはいくつかあったが、文章にするのがめんどくさそうだし、今日は手軽に済ませたい気分だった。
    そこでふと思ったことがあった。
    これって夕飯の献立考えるのとやってること同じだ。

    恐らく普通のnoteライターは、毎日投稿したりはしない。日々の生活の中でふと湧き出た何かを時たま書き留めるのに使う程度で、つまるところこうやって毎晩何がしかの文章を投稿するタイプの人間は、多分それなりに希少種だ。
    俺はそれをある意味やりたくてやっているというか、なんかやらないと落ち着かないのでそうしているだけなのだが、ご家庭の食卓の場合はそうもいかない。自分一人が食べていくだけならまだしも、家族のために何かを用意しなければならない瞬間というのは多かれ少なかれあるだろう。noteを適当に書いてヨシとするのとはわけが違う。ちゃんと食べられるものを用意しなければならない。
    こういうことを日常的にされている方のことを、俺は本当にすごいと思う。

    食事を待つ側は気楽だ。ありものでなんか適当にササっと作ってくれればいいよ、などと無責任なことを言っていられる。作る方にしてみればたまったものではない。手元の材料を確認し、自分の気力体力と相談しつつ、残りの持ち時間の範囲内でできそうな献立を考える。もちろん、考えて終わりではない。そこから実際に手を動かさなければならないし、調理後の後片付けも忘れてはならない。
    投稿したらその後はほったらかしでいいnote記事とはここが違う点だろう。

    何をやっても続かない、三日坊主だと嘆く人は多い。だがそういう人ほど、案外日常生活の基本動作は欠かさずできていたりするのだ。毎日食事を作る、みたいな話でなくとも、毎日食事を取るであるとか、風呂に入るであるとか。何なら毎晩睡眠を取るのでさえ、基本動作と呼んでいいだろう。
    そういう基本動作を欠かさずできるということは、軽視されがちだがとても立派な事だと本当に思う。

    などと書いていたら、いい感じに文字数も溜まってきた。ここらで俺特有の基本動作を終えて、夕食という別の基本動作に入ろうと思う。

     
     
    「変身」は1度だけ読みました。 平日はChatGPT関連の記事 土日は日常エッセイを投稿予定 mixi2:@gregor_san X:gregor_san_

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