
強行指名は密約?“盟主”の矜持?
昨日はNPBドラフト会議だった。“超目玉”の横浜・織田投手が渡米を表明していたこともありあまり注目もしていなかったが、フタを開けてみたら巨人だけが“強行指名”をしていて、ネット上の職場でもこの話題で持ち切りになった。
真っ先に頭に浮かんだのは「まさか巨人はあらかじめ織田サイドと“握って”いて、渡米表明~他球団が指名回避~単独指名」という「密約」があったのではないか、ということ。これについてはきょう(23日午後執筆)段階でもまったく疑惑が払しょくされたわけでもない。まあこんな疑惑がささやかれてしまうのは、かつての江川の「空白の一日事件」そして「PL桑田指名騒動」という、巨人のなりふり構わぬやり口がまだ記憶にあるから。ことほど左様にあのような手口は後年まで名誉を棄損しているのである。巨人が同じ横浜高校のチームメイトの池田内野手を3位で指名したのもいろいろ憶測を呼ぶ。
当の織田クンは指名後の取材でも「アメリカに挑戦する気持ちは全くぶれません」と話しているが、まあ密約があったとしてもそんなことを言えるはずもないので、本当にこれを真に受けていいのかどうかはわからない。大谷だって、あれだけ拒否していた日ハム入りを結局受け入れた経緯もあるし、説得する余地はあるのだろう。
「ほほう」と思ったのは、くじを引いた巨人の水野編成本部長のコメントだ。「日本のプロ野球ファンの方々に(織田選手を)お見せしたいなと言う気持ちもある」というのは、アメリカMLBの2軍みたいになりつつあるNPBにおける“盟主”の自覚なのか。いまどき巨人が盟主だと本気で信じているのは自分たちだけなのかもしれないが。
なんでも、過去の歴史において巨人の1位指名を蹴って入団しなかったのは1973年の愛知学院大の小林選手だけだという。当時はプロアマを厳密に峻別する「プロアマ規定」があったために、指導者になりたかった小林選手はこれを考慮したとされる。ネットで見つけた記事によると小林氏は50代になってからのインタビューでプロアマ規定が緩和された今巨人に1位指名されたらどうするかとの問いに「入団していたと思う」と答えているそうで、当時と今では事情が違う。
と思ったら。きょうになって松井秀喜さんが巨人の監督に就任することが明らかになった。なにしろ国民栄誉賞を獲得したレジェンドだ、「僕と一緒に巨人で!」と熱く説得されたら織田クンも断れないのではないか。もちろん、たとえ密約がなかったとしても、松井カードを隠し持っていた巨人はそれを考えていたに違いない。
今後の流れが目に見えるようだ。松井新監督自らが交渉に赴く~悩んでみせた末に「松井さんに説得されて」巨人入り、になるのではないか。本当に織田クンがプロの世界で活躍するかどうかはわからないが、話題になることだけは間違いないぞ。
(26/10/23)