
もう会えない人たち
ボクはずいぶん変わった仕事をしていたんだなと、今になって思う。
長い間、高齢者の介護を仕事にしてきた。最初に仕事を始めた頃、利用者の方々は途方もない年月を生きてきた人たちに思えた。どう話していいのかもよく分からなかった。失礼な物言いもいっぱいしていたと思う。何も知らないド新人で、ド素人だった。
先日、ある人が恩人のお墓参りをして、昔の思い出を語っている文章を読んだ。そのとき不意に気づいた。ボクがこれまで接してきた人たちは、もうほとんどいないのではないか。
最初に担当した方々は、当時すでに80代だった人も多い。あれからずいぶん年月が経っている。まだご健在の方もいるかもしれないが、年齢を考えれば、もうこの世にいない方がほとんどだろう。
一緒に働いていた職員なら、今でもどこかで会える可能性がある。でも、あの頃サービスを提供していた方々には、もう会えない。久しぶりに会って昔話をすることもできない。
では、その人たちとの思い出が鮮明に残っているかというと、そうでもない。何気なく話していたときのこと、レクリエーションで笑っていた顔、トイレの介助をしていた場面。そんなとりとめのない記憶ばかりだ。何かすごい話をしたのかもしれないが、今となっては思い出せない。
直接最期を見送ったわけではない。それでも、人生の最終盤にいた人たちと、ほんのひとときを一緒に過ごしていた。そのことが今になって妙に不思議に思える。
特に感動しているわけでもない。ただ、あの当時を分かち合える当事者が、もうほとんどいないという事実に驚いている。
介護という仕事は、そういう現実がいつも目の前にある仕事だったのだと思う。働いていた頃も分かっていたつもりだったが、現場を離れた今になって、改めてそのことに気づいた。
時間が経てば、人はいなくなる。自分もまた、その列にしっかり並んでいる。
そんな当たり前のことを、今さら考えている。