
話は短く。- 退屈な長話で死んだ男の話 -
( 今日はいつもの半分の字数で終わらせるよ。)
国会で居眠りする議員に税金など払いたくはないが、
何時間も希望のない議論を聞き続けて座りっぱなしでいることは、尊敬に値する。
__礼拝の説教は45分。
…なんて、聖書には書いていない。昔の誰かが、そう決めた。
コロナ以降、30分、20分と、説教が短くなった。(有り難かったな〜)
過去、私が聞いていちばん長かった説教は、1時間30分。
大学の講義か。…否、れっきとした、礼拝説教である。
何度も時計を見た。
早く終わってほしくて。
身の上話、
武勇伝、
神学者の名言…
そんなのが聞きたくて礼拝に行ってるんじゃないのに。
……と、失礼なことを申したが、
退屈な話に眠気を抑えきれず、窓から落ちて死んでしまった彼に、私は同情する。
週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。
パウロは翌日に出発することにしていたので、人々と語り合い、夜中まで語り続けた。
私たちが集まっていた屋上の間には、ともしびがたくさんついていた。
ユテコという名の一人の青年が、窓のところに腰掛けていたが、パウロの話が長く続くので、ひどく眠気がさし、とうとう眠り込んで三階から下に落ちてしまった。
抱き起こしてみると、もう死んでいた。
…あぁ、何て可哀想な青年よ。
これはどう考えても、パウロが悪い。
明日、トロアスの町を出る。
最後の夜は、出会った人々と、福音を、思い出話を、語り明かしたい。
…その気持ちもわかるけれど、
しかし人は日々、労働や、家事、育児、介護…さまざまなことに追われているわけで。
支払いや納税、健康や恋愛に、心を費やしているわけで。
ユテコはもう、限界を迎えていた。
まぁ、ユテコを知らないので、彼の毎日がどんなだったのかはわからないけど。
ただ事実、彼はパウロの長話に、眠気を我慢できなくなったということ。
パウロの功績は偉大でも、これはものすごい失態だ。
人を死なせるほどの、長話をしてしまったのだから。
パウロが長々と何を語っていたのかは、わからない。
福音も語っていたと思うけど、思い出話に花が咲いたかもしれない。
しかし、たとえどんなに「良い話」だったとしても、
ユテコは死んでしまったのだ。
パウロは焦ったことだろう。
人を死なせてしまったのだから。
パウロは降りて来て、彼の上に身をかがめ、彼を抱き抱えて、
「心配することはない。まだいのちがあります。」と言った。
そしてまた上がって行き、パンを裂いて食べながら、
明け方まで長く話し合って、それから出発した。
人々は生き返った青年を家に連れて行き、ひとかたならず慰められた。
ユテコは生き返った。
あぁ、よかった。本当によかった。
だって、ユテコ、悪くないもの。
それなのに、パウロはまだ懲りずに、朝まで話し続けた。
人ひとり、死なせているというのに。
「話し合った」のが、一方的ではなかったのが、救いかもしれない。
__そんなエピソードを読みながら、
「話は短くね。」と、神に言われたような気がした。
今度の説教は、思いっきり短くしてみよう。
話し出したら止まらない息子に、「話長すぎてママ死ぬよ」と言ってみよう。(冗談)