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【SS】まだ返せない

    「借りた本ってやっぱり返さなきゃいけないよね……。」
    私はため息交じりに呟いた。さっきから視線は本棚のある本から離れない。学生時代にあいつに借りた本。私の部屋に来てからもう何年になるだろう。あいつから催促されないことをいいことに私の物のように本棚に収まっていた。だけど今、そのことがとんでもなく罪深い事のように感じていた。
    そもそも何故私が罪悪感に苛まれているのか。それは昼休みに会社の同僚数人と昼食をとっていた時のことだ。同僚の一人が突然愚痴り出した。
    「ものすごく気に入っている本があったんだけどさ、それを紹介したくて友人に貸したの。そしたらさ2年経っても返してくれないんだよ。さすがにそろそろ返してよって言ったらさ、『ケチ臭い』だって。もうあったまに来た!」
    思い出していくうちにエスカレートしていく同僚を宥めながら私の心中は複雑だった。あの本借りてるの、2年どころじゃないよな。あいつはどう思っているんだろう……。
    家に帰っても気分が落ち込んだままだった。あの本を返したって今の関係が変わるわけじゃない。でもあの本を返してしまったらもうあいつとのつながりがなくなってしまいそうで怖かった。私たちはただの腐れ縁。何かのきっかけで失ってしまう気がしてならない。私たちのつながりっていったい何なのだろう……。
    しばらくぼんやりとしていたら突然スマートフォンの着信音が鳴った。画面を見るとあいつの名前。偶然にしては出来すぎていて驚いた。そしてなんだか怖くなってすぐに出ることができなかった。画面を見ること数秒。留守電になる前に電話に出た。
    「おーい、早く出ろよぉ。」
    「ごめんごめん。ちょっと手が離せなかったんだよ。で、なんなの?」
    「あのさ、お前さ。」
    ここまで聞いて「あの時貸した本、返してくれよ」と言われる気がしてちょっと身構えてしまった。
    「土曜日、空いてる?」
    「土曜日?多分空いてると思うけど。」
    「良かった!あのさ、土曜日にさ土鍋、貸してよ。」
    「ど、土鍋?」
    予想外すぎて理解が追い付かない。なんで土鍋?
    「いやさ、実家から新米が送られてきたんだよ。」
    「うん。」
    「せっかくだから土鍋で炊いて食いたくなったんだ。前に土鍋で炊いたご飯で握り飯作って持ってきてくれただろう?あれ、すごくうまかったから。」
    へぇ、覚えてくれていたんだ。学生時代の友人たちとの集まりに土鍋で炊いたご飯で作ったお握りを持って行ったのはもう何年も前のことだ。
    「だからさ、土鍋貸してくれよ。」
    「はあ?自分で買えばいいじゃん。」
    「だって買ってすぐは使えないってお前言ってただろ?」
    へぇ、そっちも覚えていたんだ。確かに下準備がいると言った。仕事で走り回っているあいつには中々難しいか。
    「頼むよ。夕飯御馳走するから。」
    私が渋っているとあいつはそう言ってきた。例の闇鍋の一件を深く反省したのか、あいつは自炊を頑張るようになった。
    「何食べさせてくれるの?」
    「新米だからさ、シンプルにみそ汁と野菜炒めにしようと思っているんだ。」
    野菜炒めはあいつの得意料理だ。以前食べさせてもらったことがあるが中々おいしかった。どんな隠し味があるんだろう。
    「了解。土曜日に持っていくよ。」
    「やったぁ!サンキュー!」
    「ちゃんと持って帰るからね。」
    「分かっているよ。じゃあ土曜日にな。」
    そこまで言ってあいつは通話を切った。
    いつもなら「彼女に頼まないの?」と言ってしまうところなのに、今日は言えなかった。あいつの声を聞いて少し浮上した気持ちを下げたくなかったから。そういえば本のこと、言えなかったな。でも考えてみたらあいつもポン吉の住処になっている金魚鉢他諸々を返してくれていなかったじゃないか!
    「なんだ、おあいいこじゃん。」
    私はそう呟き、そしてちょっとだけ笑ってしまった。
    土曜日にあいつの部屋に行く時、あの本は多分持っていかないだろう。よくないことだと分かっているけど、もう少しだけあいつとつながりのある物を手元に置いておかせて。心の中であいつに謝りつつそんな風に思っていた。


    こちらに参加しています。小牧部長、今週もよろしくお願いします🙇

    お久しぶりの腐れ縁カップルのお話です。↓の話の中に出てきた本を巡る話を書いてみました。それにしても相変わらず金魚鉢は「あいつ」の家にあるみたいですね🤣

    「私」も「あいつ」も相手の物を借りっぱなしのよう。この先どうなるんでしょうか……?

     
     
    田舎に住むシングルおばさんです。エッセイもどきや詩、小説を書いたりするのが好きです。

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