
喫茶ハネヤスメへようこそ
【天使の憂鬱】
「全く。何度も何度も同じ事ばかり。あの子達はいつになったら、僕の事気づいてくれるのかね。
僕はあの子達が生まれた時からずっとそばにいるのに。そばにいてずっと話しかけれているのに。それなのに…。」
珈琲を飲みながら、サラサラした髪をなびかせた天使が呟いた。
「まーまー。それが人間ってものだから。目に見えるものしか信じないように、そうやって小さい時から教育されてるんだから、仕方ないさ。
それでもさ、時には僕らのメッセージを受け取ってくれるじゃないか。」
横で話を聞いていた別の天使は窓から見える地球を見下ろしながらそう返事した。
「それはそうなんだけどさ。それでも何かやりきれなくなる時があるんだよ。」
ふぅとその天使は深いため息をつく。
「とは言っても、今からまたせっせとメッセージをお届けになるんでしょ?」
二人の会話を聞いて、店のマスターは、そっと水を差し出した。
「ま、それが私たちに課せられた使命ですから」
二人の天使は、誇らしげにそう返事し、差し出された水をクイッと飲み立ち上がった。
「それじゃ行きますか。マスター、ごちそう様でした。」
そう言って、天使達は出ていった。
「お気を付けて。またいつでも話にしてください」
いぶし銀のきいたマスターのその背中にも大きな羽があった。マスターは、出ていく二人の背中をどこか懐かしそうに見送った。
ここは、宇宙のどこかにある喫茶ハネヤスメ。マスターは、数百年前に天使を引退した齢数千年の元大天使。
そんなマスターが、今日も天使達が羽を休めにくるのを心からお待ちしています。

【堕天使達の宴】
賑やかな宴会場から笑い声とグラスのぶつかる音が響く。ぼんやりした明かりの下、テーブルを囲むのは酔いどれの堕天使たちだ。彼らは黒い羽を広げ、思い思いに飲み物を傾けている。
珍しく夜の深い時間にあかりが灯っているのを見つけた天使が喫茶店のドアを開けると、マスターが近づいていた。
「すみません。お客様今宵の喫茶ハネヤスメは、堕天使御一行様の貸し切りでございます。」
申し訳無さそうにそう言って、店先まで見送る。
「マスター、せっかくのお客を追い払わせてしまってすまないね。」
やり取りを見ていた年長の堕天使が、店内に戻ってきたマスターに声を掛ける。
「いえ、いいのですよ。あなた方にも、時には息抜きが必要である事を十分心得ていますから。」
そう返すマスター。
「そうかい。ありがとう」
そう言ってその堕天使は、再び宴の和に戻っていった。
✢✢✢
「いやぁ、聞いてくれよ。この間、地上に降りて、人間の連中にちょっとした奇跡を見せてやったんだがな…」
と、一人の堕天使が大声で話し始めた。
「何をしたかって?」
その堕天使は、残っていたワインをひと思いに飲むと、腕でグイッ口を拭いにやりと笑う。
「ただ彼らの町のオンボロ教会を再建してやっただけさ。崩れかけていた塔も、壁も、ぜーんぶ元通りにして、昔の姿を取り戻してやった。でも、人間たちはその教会が気味悪いとか、過去の遺物だとか言い出してな…『そんなものを蘇らせるなんて、邪悪だ』って、悪魔祓いを始めやがった!」
彼の言葉に、他の堕天使たちは一斉にどっと笑い声をあげた。「そりゃあお前が真面目にやりすぎた結果だな。本来教会は神聖な場のはずだが、人間たちにとっちゃ、思い出したくもない過去だったんだろうよ。」
「お前はまだいいさ。俺のはもっとひどい!」
隣の堕天使がグラスを傾けて、自分の話を始める。
「俺はただ、彼がうまくやれるようにアドバイスしただけだぞ。」
その堕天使は吐き捨てる様にそう呟いた。
「ある男が仕事で悩んでたから、『悩むなんて無駄なことに時間を割かず、効率を重視して働け』って言ってやったんだ。」
「な、いいアドバイスだろ?」と言いながら、愚痴自慢を肴にお酒を楽しんでいる堕天使達に同意を求めた。
「でも、そいつはそれが冷たいって言って、『あいつは心のない堕天使だ』って…」
「そいつは効率を求めた結果、何かを見失ったのかもしれないな。」
別の堕天使が皮肉っぽく笑いながらそう言った。
「人間はたまに、自分にとって耳が痛いことを言われると、すぐに相手を悪者にしたがるからな。」
「結局俺たちは、本当は堕天使なんかじゃないんだよ。ただ潔癖で、真面目過ぎただけだ。人間たちがそれを見て、『あいつら、ちょっとおかしい』って勝手に堕天使のレッテルを貼っただけなのさ。」
最年長の堕天使が、深く息をつきながら言った。
会話がふと途切れる。そこには、彼らがかつて天使だった頃の淡い記憶が、まるで蜃気楼のように浮かんでは消えていた。
「天使も堕天使も、結局は同じ存在だ。俺たちは元々、純粋な意志で天から降りたはずだったのに、人間の視線が変えちまったんだな。」
「潔癖すぎる、か…」
一人の堕天使がぽつりと呟く。彼はグラスの中の酒を見つめながら、昔の自分を思い出しているかのようだった。
「どうして俺たちがあそこまで清廉潔白である事に拘っていたのか……今となっては、もう分からない。」
「でも、それが俺たちの生き様だったんだよ。」
別の堕天使が静かに続ける。「潔癖でありたいというのは、俺たちの信念だった。それを否定されたところで、俺たちは変わらない。ただ、そういう存在として人間に認識された、それだけのことさ。」
宴会場は再び笑い声と話し声で満たされたが、その裏にはどこか諦めのような静けさが漂っていた。
「俺たちが堕天使になった理由なんて、人間がそう呼んだだけさ。でも、だからって俺たちが何か変わるわけでもない。俺たちは、俺たちのままでいるしかないんだから。」
最後にそう言って、堕天使たちはまたグラスを掲げた。
「まあ、堕天使の名でも何でも、こうして自由に飲めるなら悪くないな。」
宴は続く。嘲笑と憐れみ、皮肉と諦めが混ざり合う、酔いどれの堕天使たちの宴会。それは、誰がどんな名前をつけようと、変わることのない彼らの姿を映し出している。
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