
わかりあえないことを理解し、前に進む 「未来をつくる言葉」
自伝のような著者自身の体験と共に、各種の研究者の視点や論点を紹介しながら進んで行く不思議な本、「未来をつくる言葉」。
とても多い情報量の中でも、特に心に残ったところをまとめてみました。
それぞれが持つ「環世界」≒ナラティヴ ?
この本の中で重要な概念「環世界(Umwelt)」とは、それぞれの生物に立ち現れる固有の世界のことを指す生物学の用語だそうです。
ドイツ語でWeltは世界、umは回るとか周囲という前綴り(例えば、Armは腕で、"um"armenで抱きしめるに変わる)なので、自分を取り巻く世界みたいなニュアンスなのかなと思います。
例えば、特定の表現者のスタイルに親しむことは、その人のもつ環世界に入り込むことになるそうです。一般的な言葉にすると「世界観に触れる」を、さらに一歩踏み込んだ感覚で捉える感じでしょうか。
この、他の人のもつ環世界に触れるのは、もちろん日常生活の会話ひとつひとつの中でも出てくることで、環世界とはナラティヴ と似たような意味合いなのかなと思いました。
「言葉」で思いを翻訳している
言葉は、自分の環世界を表現する手段で、自分の感じたことを「翻訳」していると言えるようです。
それは、同じ言語を使う人同士でも、環世界(ナラティヴ )、つまり背景やその言葉のコンテクストが異なるためです。
ということは、言葉を変えることで自分の認識方法を変えて、相手との関係性を変えていけるということになります。
ベイトソンのメタローグという変わった手法では、相手の視点を自分の中に住まわせて、そこから世界を見る、架空の対話を創作するそうです。
「わかりあえない」ことが前提
それぞれの人が、それぞれの環世界を持ち、それぞれの思いを言葉で「翻訳」して行く時、どうしても翻訳しきれないこと、伝わり切らないことが出てきてしまいます。
しかし本書ではこう書かれています。
そもそも、コミュニケーションとは、わかりあうためのものではなく、わかりあえなさを互いに受け止め、それでもなお共に在ることを受け容れるための技法である。
「完璧な翻訳」などというものが不可能であるのと同じように、わたしたちは互いを完全にわかりあうことなどできない。
それでも、わかりあえなさをつなぐことによって、その結び目から新たな意味と価値が湧き出てくる。
コミュニケーションは、わかりあうためのものではないという視点が斬新でした。
それぞれの環世界は違うし、それを完璧に言語化もできない。だから、100%わかりあうことはできないということを認識した上で、お互いの環世界を拒絶するのではなくちらっと覗きながら、お互いをつなぐ新しい言葉が生まれてくるというのが理想なのかなと思いました。
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