
インハウスクリエイティブの力 | 土屋鞄が貫く“らしさ”のつくり方
土屋鞄製造所の世界観は、実は社内のクリエイティブチームの手によってつくられています。
1965年にランドセルづくりから始まった土屋鞄製造所は、2025年で創業60周年を迎えました。ブランドの“らしさ”を大切にしながらも、表現の手段は時代とともに進化してきました。今、クリエイティブの現場はAIの登場で大きな転換期を迎えています。
今回は、土屋鞄のクリエイティブディレクターとフォトグラファーに、“AI時代のクリエイティブの未来”について聞きました。
近 直哉(こん・なおや) / クリエイティブセンター センター長
長岡造形大学 造形学部 視覚デザイン学科卒。15年ほどデザイン系の制作会社で勤務した後、2019年に土屋鞄製造所に入社。ユーザーへの洞察からブランド価値を引き出すVI(ビジュアル・アイデンティティ)を得意としている。
髙橋 弥史(たかはし・ますみ) / クリエイティブセンター デザイン課 フォトグラファー
東京造形大学 造形学部 デザイン学科写真専攻領域を卒業後、アシスタントを経て2012年に土屋鞄製造所に入社。主に大人向け革製品の撮影・ディレクションを担っており、上質かつ丁寧な絵づくりに定評がある。
土屋鞄との出会いはSNS
—— 入社のきっかけを教えてください。

近 直哉:もともと土屋鞄の世界観が好きだったんです。製品を機能だけでなく物語も含めて伝えるスタイルに共感して、InstagramやWebサイトを時々チェックしていました。
デザイン制作会社を3社経験し、さまざまなブランドのデザインやブランディングに携わってきました。でも当時は外部スタッフというポジションだったので、クライアントが抱える日々の課題に深く関われないこともあり、時折歯がゆさを感じていました。好きなブランドで根本からブランドづくりに関わりたいと思い、2019年に入社しました。

髙橋 弥史:入社のきっかけは偶然でした。大学卒業後、フォトグラファーの元でアシスタントをさせてもらいました。一区切りついた時その旨をSNSでつぶやいたところ、土屋鞄で働いていた友人が偶然見ていて「今、募集してるよ」と教えてくれたんです。
フリーランスとして進む道を考えなかったわけではないですが、自分のタイミングと土屋鞄との出会いがマッチしたので、面接を受けて入社しました。

僕は30代40代と土屋鞄で過ごしているのですが、会社の変化と共にいい経験をさせてもらっていると思います。
日々の撮影はもちろん、使用するスタジオが部屋の片隅から拠点の移動を経て段々と大きくなっていったり、動画撮影を学ぶために短期間スクールに通わせてもらったり。最近では、アシスタント時代にお世話になったフォトグラファーの方にWebコンテンツの撮影に入っていただいて、自分は動画撮影を担当することで協働が実現しました。
当時は想像もつかなかったことが実現してとても感慨深いです。会社と共に成長し続けているといいことがあると改めて感じています。
「クリエイティブは社内で生みだす」が基本
—— クリエイティブセンターとは、どのような部署でしょうか?
近:「デザイン課」と「VMD/店舗デザイン課」の大きく2つに分かれています。
デザイン課は、社内で企画、撮影、デザイン、サイト構築を担当している部署です。基本は案件ごとにスタッフをアサインし、企画からリリースまでをチームで一貫して行います。
VMD/店舗デザイン課では、プロモーションのVMDプラン立案から実装、店内VMDプランニングまで、店舗空間のデザインディレクションに関して業務は多岐にわたります。

僕が主に担当しているのは、ランドセルブランドのクリエイティブディレクションです。ブランドの世界観や表現基準となるクリエイティブ戦略やガイドラインの構築から、カタログ・Web・SNS・ストアデザインなど各タッチポイントにおけるアウトプットのクオリティ管理まで、トータルでディレクションしています。

髙橋:僕は大人向け革製品を扱うKABAN事業の取材記事や製品ページの撮影が、主な仕事です。動画撮影と編集にも携わっています。事業を超えてランドセルブランドの撮影をしたり、最近はデザイナーやSNSに特化した部署が撮影する機会も増えたので、撮影についてレクチャーをすることもあります。

一貫性と多様性のグラデーションを見せること
—— クリエイティブディレクションで意識していることは?
近: 自分が意識しているのは一貫性と多様性のグラデーションです。ブランドの一貫したイメージを刷り込むために、一貫性は重要です。一方で、ユーザーとの接点が多様化する中、同じクリエイティブを各チャネル(SNSなど)にそのまま横展開するだけでは、ターゲットに十分響かなくなっているのが現状です。
美しい表現は前提としつつ、チャネルによってはあえて生っぽいトーンを採用し、ターゲットのインサイトに刺さる表現にも日々挑戦中です。
そのグラデーションの範囲がどこまで許容できるのかを、クリエイティブセンターだけでなく各事業部と協議しながら新しい表現を探っていきます。相談しやすい環境という意味では、インハウスでクリエイティブを統括できている土屋鞄の強みかもしれませんね。

土屋鞄は2025年で創業60周年を迎えました。今、私たちは、“変わらない良さ”と“変わり続ける挑戦”の両立に向き合っていると考えます。
そのグラデーションを、クリエイティブの力でも表現できるようにしたいと、考えています。
伝統と未来をつなぐのは“らしさ”を問い続けること
—— 企画から撮影、デザインを社内でつくりあげる良さは何だと思いますか?
髙橋:みんなでつくる感覚を身体的に持てるところです。鞄のデザイナーも、店舗スタッフも、職人も近くにいる。すぐ相談できるしスピード感も似ているので、齟齬なく進んでいけるのが良いですね。
近:過去の経験を蓄積していけるのも強みだと思います。今、土屋鞄はブランドとしてステップアップする時期にさしかかっていますが、根本価値を共有できているので、新しいブランドイメージも描きやすいです。

—— 土屋鞄“らしさ”を表現するために心がけていることを教えてください。
髙橋:「今の土屋鞄」を問い続けることです。これまでは毎日を共にする鞄や革小物を扱うブランドとして、暮らしや季節などを大事に温かみのあるトーンを意識して撮影してきました。それはブランドをつくり上げてきた部分なので、変わらず大切にしたいと思っています。
ただ、土屋鞄が日本を代表し世界で通用するブランドを目指すさなかで、憧れを抱いてもらう存在になりたい。だからライティングや構図一つとっても「過去の焼き直しになっていないか」と思いを巡らせ、最終的に今の土屋鞄を表現するものになるよう意識を向けていきたいです。

フォトグラファーはカメラを使いこなすところから表現が始まります。日々更新される情報と向き合い、あらゆる表現に意識を向け、感度を高く保つ必要があります。テクノロジーとうまく付き合い、技術はアップデートさせながらも、新たな表現を追い求め続けたいですね。
ただ、そこで忘れたくないのはカメラを通してこの瞬間を収めたいという初期衝動や欲の部分。自らがいいと思ってシャッターをきったことが土屋鞄“らしさ”に繋がっていればうれしいです。

近:僕が入社して強く感じたのは、土屋鞄はただの老舗メーカーじゃない、ということ。挑戦し続ける姿勢があり、仮に成功したとしても常にアップデートすることを求め続けている社風ですね。それは会社のいいところでもあるし、自分自身も刺激になっています。
クリエイティブにおいても、時代の変化とともに、柔軟に進化し続けることこそ大事だと考えています。
当社の社長も、「時代の変化を読みながら半歩先を見よう」と常日頃から言っています。クリエイティブにおいても、そこはすごく意識していて、一歩二歩先だとユーザーニーズや意識から離れて行き過ぎるみたいな感じになるので、半歩先くらいがいい感じなんですよね。
今まで大事にしてきた軸は変えず、でも伝統に縛られないで柔軟に新しい価値を届けていく、常に挑戦し続ける姿勢が「らしさ」の源かもしれません。

AI時代に求められる人物像
ーー これからのクリエイティブ人材に求められるスキルは何ですか?
近:これからのクリエイティブ人材には、デザインの感性的スキルはもちろん前提として必要ですが、同時に、戦略的思考が不可欠だと考えています。
つくる仕事そのものがなくなるわけではありませんが、生成AIの進化によって、これまで時間がかかっていた制作の一部は置き換わっていきます。
だからこそ、デザイナーには今後さらに「事業やブランドの戦略・目的を深く理解し、どんなクリエイティブがふさわしいのか」を考えられる力が大切になっていくと思っています。
ただ制作するだけでなく、事業戦略・ブランド戦略をふまえたクリエイティブ戦略を描き、実行し、改善していける人。
そんな役割が、これからますます求められていくと感じています。

あともう一つ、調整力というのも大切です。どんな仕事でもそうだと思いますが、良いものをつくるためには、多くの人の力を借りてつくる必要があります。コミュニケーションを回して、人を巻き込んで何かをつくりあげることは、かなり大事なスキルだと思います。
実際、僕らのチームで特に活躍している人って、やっぱり“調整力”がある人なんです。いろんな部署とちゃんと話して、うまく方向を合わせていける人。そういう人がいるだけで、プロジェクト全体がぐっと前に進みやすくなります。

ーー 美術やデザインを専門的に学んでいなくても、クリエイティブの仕事はできますか?
近:いくらでもチャンスはあると思います。ただし、ベースとしてクリエイティブが好きで関わりたいという強い意欲やマインドを持ちつつ、戦略的思考を併せ持つことが大切です。そんなハイブリッドな人材が増えていくといいな、と思っています。
ーー AI時代における、フォトグラファーの仕事についてはどう考えますか?

髙橋:撮影後のレタッチでAIの力を借りる機会が増えてきましたが、重要なのは提案された案のどこが良くてどこがダメなのかを判断できる能力です。これは、必ずしも写真を専門的に学んだからできるわけではありませんが、ずっとクリエイティブに携わってきた中で培った感覚は絶対にあると思っています。
その感覚が積み上がっていればこそ、AIが出してくる案に対してジャッジができるようになります。自分も含めて、日々の取り組みの中で、取捨選択できる目や判断力を磨いていきたいですね。
—— 最後に、今後ハリズリーグループで挑戦したいことを教えてください。

近:個人的にも組織的にも、グローバルに響くクリエイティブを僕らのチームから発信していきたいですね。海外だと文化や嗜好性が異なる中で、どういうクリエイティブがいいのかを戦略的に生み出していきたいです。
特に意識したいのは、各国でローカライズする時に、パッと見て感覚的に誰しもがわかるようなコミュニケーションデザインです。言葉がなくても絵や映像だけ見れば伝わる、といったそういう強く直感的なコミュニケーションに積極的に取り組んでいきたいですね。
髙橋:AIとうまく付き合っていかなければならない時代だからこそ、改めてコミュニケーションを大切にして撮影に携わっていきたいです。
現場でつくりあげていく時間は唯一無二で大好きな時間です。この時を有意義に、また依頼にしっかりと応えられるように、自らの表現の幅を広げていきたいです。
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文・写真:小笹玲子
コーポレートブランド推進室所属。2021年、土屋鞄製造所 入社。
土屋鞄の社内報『革ノオト』編集長。これまで社内報で手がけた記事は500記事以上。(掲載情報は取材当時のものです)