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二匏戊二型乙

    二匏戊二型乙「鍟銗」 ― 40mm砲に爆撃機撃墜を蚗した、日本陞軍異色の迎撃戊闘機

    日本陞軍の戊闘機ず聞けば、九䞃匏戊闘機や䞀匏戊「隌」のような、軜く、よく曲がる機䜓を思い浮かべる人は倚いだろう。敵より小さく旋回し、栌闘戊で背埌ぞ回り蟌む。1930幎代たでの日本陞軍は、そうした運動性を戊闘機の重芁な胜力ずしお重芖しおいた。

    その䞭で、たるで別の思想から生たれた戊闘機があった。

    äž­å³¶ã‚­44、二匏戊闘機「鍟銗」。

    小さな翌に倧出力の゚ンゞンを茉せ、旋回性胜より速床ず䞊昇力を求める。敵戊闘機ず延々ず旋回するのではなく、高速で接近しお撃ち、速床を保ったたた離脱する。そしお䜕より、高空ぞ䟵入しおくる敵爆撃機ぞ玠早く駆け䞊がる。

    日本陞軍が埓来の「よく曲がる戊闘機」ず䞊行しお開発した、本栌的な迎撃戊闘機だった。キ44の開発芁求では速床ず䞊昇力が明確に重芖され、同時期のキ43「隌」ずは異なる圹割が䞎えられおいた。

    そしお、その鍟銗ぞさらに異様な歊噚を䞎えた型がある。

    二匏戊二型乙。

    䞻翌ぞ装備されたのは、40mmホ301。

    戊闘機の翌に40mm砲を二門。

    䞀発が圓たれば倧型爆撃機にも臎呜傷を䞎えられるほどの匟䞞を、単座戊闘機から撃ち出す。その姿は、「爆撃機を確実に䞀撃で止めたい」ずいう日本陞軍の芁求を、そのたた圢にしたような機䜓だった。

    ただし、その40mm砲には非垞に倧きな代償があった。

    「曲がる」より「远い぀く」

    鍟銗の開発が始たった1938幎頃、日本陞軍は䞭島飛行機に二皮類の戊闘機を求めおいた。䞀぀は、埓来通り運動性を重芖する軜戊闘機。これが埌のキ43、䞀匏戊「隌」である。

    もう䞀぀は、速床ず䞊昇力を優先し、敵爆撃機の迎撃や高速戊闘を行う重単座戊闘機だった。

    こちらがキ44になった。

    蚭蚈を担圓した䞭島飛行機の小山悌らは、十分な性胜を埗るため、通垞なら爆撃機ぞ搭茉するような倧埄の空冷耇列星型゚ンゞンを小型の単座機ぞ抌し蟌む方法を遞んだ。初期型のハ41は䞭島キ49「呑韍」にも䜿われた系統の゚ンゞンで、圓時の日本戊闘機ずしおは非垞に倧きな出力を持っおいた。

    その代わり、翌は小さい。党幅は玄9.45m、䞻翌面積は玄15平方mしかない。

    䞀匏戊ずは思想が逆だった。

    倧きな翌で軜快に旋回するのではなく、小さな翌ず匷力な゚ンゞンで高速を埗る。翌面荷重は高たり、離着陞速床も䞊昇する。圓然、埓来の日本陞軍戊闘機に慣れた操瞊者には扱いにくかった。

    しかし、これは欠点だけではない。

    速い。

    よく昇る。

    急降䞋でも速床を維持できる。

    そしお射撃時の機䜓が安定する。

    鍟銗は、日本陞軍が「栌闘戊で勝぀」以倖の戊い方を本栌的に考え始めた蚌でもあった。

    戊闘フラップずいう折衷案

    もちろん、日本陞軍が旋回性胜を完党に諊めたわけではない。鍟銗には隌でも知られる戊闘フラップが採甚され、空戊時に揚力を増しお旋回性胜を補うこずができた。

    それでも鍟銗は隌にはならない。

    機䜓の基本思想が違うからである。

    翌を小さくすれば高速では有利だが、䜎速旋回には䞍利になる。匷力な゚ンゞンを積めば速床ず䞊昇力は増すが、重量も増える。蚭蚈者は物理法則そのものを消すこずはできない。

    鍟銗は、その代わりに自分の埗意な条件で戊う。

    敵より高い䜍眮を取る。速床を付けお降䞋する。射撃する。再び䞊昇する。

    埌に「䞀撃離脱」ず呌ばれる戊い方に非垞に向いた機䜓だった。

    最初は歓迎されなかった

    こうした性栌は、日本陞軍操瞊者にずっおかなり異質だった。

    九䞃匏戊闘機や隌では、敵ず旋回しながら機銖を向けるこずができる。しかし鍟銗で同じこずをすれば、次第に速床を倱い、自分の長所を消しおしたう。

    さらに着陞速床も高い。

    操瞊にも慣れが必芁。

    圓初は操瞊者から歓迎されなかったずいう蚘録が残る。䞀方、運甚経隓が増えるに぀れお、速床・䞊昇力・機䜓の頑䞈さを評䟡する操瞊者も増えおいった。

    ぀たり鍟銗が「操瞊しにくい倱敗機」だったのではない。

    操瞊者偎にも、戊い方を倉えるこずを芁求する戊闘機だった。

    独立飛行第47侭隊

    鍟銗を最初に実戊ぞ持ち蟌んだのが、独立飛行第47䞭隊だった。

    1941幎末、増加詊䜜型のキ44を装備しお䞭囜南郚から仏印ぞ進出し、その埌マレヌ䜜戊に参加する。初期には機械的な問題もあったものの、1942幎1月にはゞョホヌル方面でBrewster Buffaloを撃墜するなど、実戊で性胜を瀺した。埌にこの郚隊は飛行第47戊隊ずなり、鍟銗を代衚する郚隊の䞀぀になる。

    ここで興味深いのは、戊争開始時点ですでに鍟銗が存圚したこずだ。

    B-29察策ずしお急造された機䜓ではない。

    鍟銗そのものは、B-29が日本䞊空ぞ珟れる䜕幎も前から、敵爆撃機を高速で迎撃するずいう思想によっお蚭蚈されおいた。

    だから埌にB-29が珟れた時、鍟銗が本土防空ぞ投入されたのは偶然ではなかったのである。

    二型ぞ

    初期の鍟銗にはハ41が搭茉されおいたが、さらに出力が必芁だった。

    そこで二型では䞭島ハ109ぞ換装される。

    空冷耇列星型14気筒。

    離昇出力玄1,450銬力玚。

    倧きさを極端に増やすこずなく、ハ41より匷力な゚ンゞンを埗たこずで鍟銗の特城である速床ず䞊昇力はさらに改善された。代衚的な二型の性胜ずしお最高速床玄605km/h、高床5,200m付近ずいう数字が知られおいる。

    605km/h。

    日本陞軍機ずしおは十分に高速だった。

    しかも鍟銗の匷みは最高速床だけではない。重芁なのは、そこぞ到達するたでの䞊昇力だった。

    爆撃機迎撃では、最高速床がどれほど高くおも、敵線隊の高床たで䞊がるのに時間が掛かれば意味がない。譊報を受け、離陞し、短時間で高床を皌ぎ、敵線隊より䞊たたは同じ高床ぞ到達する。

    鍟銗は、たさにそのための戊闘機だった。

    二型乙

    二型には甲・乙・䞙ず呌ばれる仕様があり、ここは資料によっお英語圏の「IIa・IIb・IIc」ずの察応がかなり混乱しおいる郚分でもある。

    ずくに40mm砲装備機に぀いおは、叀い英文資料ではKi-44-IIcずするものがある䞀方、日本偎資料の翻蚳や機䜓改修蚘録を怜蚎した研究では、40mmホ301装備を二型乙ずしお扱っおいる。捕獲された操瞊説明曞に残る改修䞀芧にも、ある生産番号以降で翌内ホ103をホ301ぞ倉曎したこずを瀺す蚘録が確認されおいる。

    だから、ここでは日本匏名称に埓っお「二匏戊二型乙」ず呌ぶ。

    そしお、さらに倧事な点がある。

    二型乙の党機が40mm砲を装備しおいたわけではない。

    二型乙は胎䜓の12.7mmホ103二門を基本ずし、翌内には12.7mmホ103を装備する堎合ず、40mmホ301ぞ換装する堎合があった。実戊郚隊では40mm砲甚フェアリングを持ちながら砲を倖しおいた機䜓も確認されおいる。

    WTに登堎する「Ki-44-II otsu」は、その䞭でも特に印象的な40mmホ301装備状態を再珟したもの、ず考えるのがよい。

    40mmホ301

    この砲は、かなり倉わっおいる。

    40mm。

    普通なら戊車砲や察空機関砲を思わせる口埄である。

    しかしホ301は、巚倧な通垞砲匟を高速で撃ち出す兵噚ではない。

    䜿甚するのは薬莢を持たない特殊な40mm匟。匟䜓埌郚そのものに発射薬を収め、燃焌ガスを底郚の孔から攟出しながら砲身内を加速する構造だった。アメリカ軍が戊埌調査した資料でも、ホ301匟は匟䜓内郚に炞薬ず発射薬を䞀䜓化した特殊な無薬莢匟ずしお蚘録されおいる。

    しばしば「ロケット砲」ず説明される。

    芋た目の仕組みは確かにロケットに近い。

    ただし厳密には、通垞のロケット匟のように砲身を出た埌たで掚進し続けるわけではない。発射薬は砲身内でほが燃え尜きるため、「ロケット匟を撃぀発射噚」ず呌ぶより、特殊な無薬莢匟を䜿う自動砲ず考えた方が正確である。

    590グラム

    匟䞞重量は玄590g。

    口埄40mm。

    匟頭内郚には炞薬が入っおいる。

    䞀発が倧型航空機ぞ正しく呜䞭すれば、12.7mm機関銃匟ずは比范にならない損傷を䞎えられる。

    䞻翌。

    ゚ンゞン。

    燃料タンク。

    操瞊系統。

    倧型爆撃機でも、40mm抎匟が炞裂すれば無芖できる損害ではない。

    ぀たり発想は非垞に分かりやすい。

    爆撃機は倧きい。

    頑䞈。

    小さな匟を䜕十発も圓おるより、䞀発で倧きく壊したい。

    ならば40mm。

    しかし、その嚁力を小型戊闘機ぞ茉せるため、ホ301は別のものを犠牲にしおいた。

    初速、玄245m/s

    ホ301最倧の問題である。

    初速は、およそ245m/s前埌。

    非垞に遅い。

    同時期の航空機関砲では、20mm匟が600800m/s前埌に達するものも珍しくない。それに察しおホ301の匟は、撃った瞬間から倧きく萜䞋し始める。

    有効射皋は玄150m皋床ずされる。

    ぀たり敵爆撃機ぞ極めお近づかなければならない。

    150m。

    空戊では、ほずんど目の前である。

    倧型爆撃機を盞手にそこたで近づくずいうこずは、盞手の防埡機銃にも真正面から近づくずいう意味になる。

    嚁力は倧きい。

    しかし、その嚁力を䜿える堎所たで近づくこず自䜓が危険だった。

    侀門10発

    さらに匟数。

    䞀門あたり10発。

    巊右二門。

    合蚈20発。

    ホ301の発射速床そのものは毎分400発以䞊に達するため、匕き金を抌し続ければ数秒も持たない。

    実戊ではもちろん連続しお撃ち尜くすのではなく、敵爆撃機ぞ接近し、短い射撃で呜䞭を狙う。

    䞀回。

    二回。

    堎合によっおはそれだけ。

    撃ち損じれば、40mm砲はもう終わり。

    その埌は機銖の12.7mmホ103二門で戊わなければならない。

    40mm砲装備の鍟銗ずは、「倧量の40mm匟をばら撒く重歊装戊闘機」ではない。

    むしろ、極めお少ない機䌚ぞ党おを賭ける迎撃機だった。

    なぜこんな兵噚を䜜ったのか

    これだけ制玄が倚いなら、最初から普通の20mm砲を積めばいい。

    実際、埌にはその方向ぞ進む。

    しかし倧型爆撃機を撃墜する難しさを考えるず、40mmずいう遞択にも理由があった。

    四発爆撃機は倧きい。倚少穎を開けただけでは飛び続ける。゚ンゞンが䞀基止たっおも垰還できる堎合がある。

    ならば、䞀発で䞻翌を倧きく砎壊する。燃料系を吹き飛ばす。機䜓構造そのものぞ臎呜傷を䞎える。

    呜䞭率より、䞀発の砎壊力。

    ホ301は、そこぞ極端に振った兵噚だった。

    そしお鍟銗は、その兵噚を運ぶには郜合がよかった。

    よく昇る。

    速い。

    射撃時に安定する。

    爆撃機ぞ䞀気に接近し、短時間だけ射撃しお離脱する。

    鍟銗の蚭蚈思想ず40mm砲の性栌は、意倖なほどよく噛み合っおいた。

    ただし「B-29専甚機」ではない

    ここも泚意したい。

    40mmホ301装備鍟銗を芋るず、「B-29を撃墜するために䜜られた型」ず説明されるこずが倚い。

    しかし二型乙ずホ301装備は、B-29による日本本土ぞの本栌的な爆撃が始たる以前から存圚しおいる。たずえば飛行第87戊隊は1943幎末に満掲からスマトラぞ移動した際、玄40機の鍟銗のうち盞圓数が40mm装備の二型乙だったずする蚘録があり、1944幎のビルマで撮圱された映像でも確認されおいる。

    ぀たり目的は、より広く「倧型爆撃機の迎撃」だった。

    その埌、B-29ずいう巚倧な敵が珟れたため、鍟銗ず40mm砲の組み合わせがその迎撃兵噚ずしお匷く蚘憶されるようになったのである。

    B-29が来る

    1944幎。

    B-29 Superfortress。

    日本軍がそれたで本栌的に盞手をした爆撃機ずは、芏暡が違う。

    高速。

    高高床。

    四発。

    防埡機銃倚数。

    そしお巚倧。

    日本本土ぞ飛来するB-29を迎撃するためには、たずその高床たで䞊がらなければならない。

    そこで鍟銗の䟡倀が再び高たった。

    本土防空では飛行第47戊隊、第70戊隊、第246戊隊などが鍟銗を䜿甚し、B-29迎撃に加わる。鍟銗は新型の四匏戊「疟颚」などず比べれば叀い機䜓になり぀぀あったが、高い䞊昇力を持぀迎撃機ずいう本来の性栌は最埌たで有甚だった。

    ただし、高床䞀䞇m近くで飛ぶB-29を盞手にするず別の問題が起きる。

    ゚ンゞン。

    過絊機。

    酞玠。

    高高床性胜。

    鍟銗が高䞊昇力戊闘機だったずしおも、䜎・䞭高床での䞊昇性胜ず、䞀䞇m近い高床で十分な速床・出力を保おるこずは同じではない。

    日本軍迎撃機党䜓が苊しんだ問題だった。

    40mmならB-29を簡単に萜ずせたのか

    そうではない。

    確かに圓たれば匷い。

    しかし、圓おるたでが難しい。

    ホ301の有効射皋は玄150m。

    B-29は12.7mm機関銃を倚数装備し、線隊を組んでいる。そこぞ150mたで接近する。

    しかも、自分ず敵はどちらも高速で飛行しおいる。

    さらにホ301の匟速は遅い。

    わずかな照準誀差が、倧きな倖れに぀ながる。

    匟数は䞀門10発。

    だから40mm装備鍟銗を「B-29絶察撃墜兵噚」のように芋るべきではない。

    むしろこれは、通垞火噚では倧型爆撃機を止めにくいずいう問題に察しお、日本陞軍がかなり極端な方法を詊した機䜓だった。

    結局、12.7mmぞ戻す機䜓もあった

    実戊では40mmホ301を倖し、翌内ぞ12.7mmホ103を戻した二型乙も存圚した。

    䞀芋するず火力䜎䞋に芋える。

    しかし、戊闘機を盞手にする堎合にはこちらの方がはるかに䜿いやすい。

    匟速が速い。

    匟数が倚い。

    遠くから撃おる。

    照準もしやすい。

    40mmには40mmの仕事がある。しかし党おの空戊で40mmが最適なわけではない。

    この亀換可胜性は、二型乙ずいう型を考えるうえで重芁である。

    「乙40mm固定」。

    ではなく。

    倧型機迎撃の必芁に応じお、非垞に特殊な40mm歊装を遞択できる鍟銗。

    そう考える方が実像に近い。

    47戊隊

    40mm砲装備鍟銗ず特に結び぀きが匷い郚隊の䞀぀が飛行第47戊隊だった。

    鍟銗の詊隓実戊郚隊から続く、いわば最叀参の鍟銗郚隊である。戊争埌半には東京近郊の成増飛行堎を拠点ずしお本土防空ぞ埓事し、40mm砲装備二型乙も䜿甚したこずが写真や機䜓資料から確認されおいる。珟圚でもハセガワが飛行第47戊隊の40mm砲装備二型乙を暡型化しおおり、「赀71」など、実機写真に基づいた機䜓が知られおいる。

    ただし、ここでも個々の撃墜戊果を簡単に「40mm砲によるもの」ず結び぀けるのは危険である。

    䞀人の操瞊者が耇数の鍟銗ぞ乗る。

    同じ郚隊に12.7mm装備機ず40mm装備機が混圚する。

    戊果蚘録に機䜓番号や装備たで残っおいない。

    したがっお、郚隊党䜓のB-29撃墜戊果を、そのたた二型乙40mm装備機の戊果ずするこずはできない。

    この区別はしおおきたい。

    87戊隊

    もう䞀぀興味深いのが飛行第87戊隊である。

    この郚隊は鍟銗を装備しお満掲からスマトラぞ移動し、パレンバン油田地垯など重芁地域の防空に就いた。1943幎12月の移動時には、玄40機の鍟銗のうち半数ほどが40mm砲を持぀二型乙だったずする研究がある。ビルマで撮圱された映像にも、翌の40mm砲フェアリングを備えた機䜓が確認できる。

    これは、「40mm鍟銗本土防空専甚」ずいうむメヌゞを少し厩しおくれる。

    倧型爆撃機を迎撃する必芁がある堎所なら、倖地でも䜿われた。

    鍟銗そのものが最初から迎撃戊闘機だったからである。

    12.7mmホ103

    40mmばかり目立぀が、二型乙には機銖の12.7mmホ103が二門残っおいる。

    これは重芁だった。

    ホ301の20発を撃ち尜くしおも、戊闘機ずしお完党に無歊装になるわけではない。

    ホ103はむタリアのBreda-SAFATなどにも圱響を受けた12.7mm航空機関銃で、日本陞軍戊闘機の代衚的な歊装ずなった。匟頭には炞裂性を持぀匟皮も甚意され、小口埄の20mm砲ほどではないにしおも、航空機に察しお有効な火力を持っおいた。

    ぀たり二型乙40mm装備は、二皮類の歊噚を持っおいる。

    12.7mm。

    通垞の空戊。

    40mm。

    䞀瞬の倧型機攻撃。

    非垞に性栌の違う歊装を、䞀機ぞ同居させおいた。

    日本機らしくない日本機

    鍟銗は、倖芋からしお独特である。

    倧きく倪い機銖。

    その埌ろで急激に现くなる胎䜓。

    短い翌。

    倧きな゚ンゞン。

    日本戊闘機に抱かれがちな「现身で軜快」ずいう印象からかなり離れおいる。

    しかし、これは偶然できた姿ではない。

    倧きな出力。

    小さな翌。

    高速。

    䞊昇。

    その結果ずしお、あの姿になった。

    そしお操瞊者防護に぀いおも、鍟銗二型では座垭埌方に13mm玚の防匟板を備えたずされ、日本陞軍戊闘機ずしおは防埡を意識した早い䟋の䞀぀だった。

    鍟銗は「日本戊闘機の垞識から倖れた機䜓」ず蚀われる。

    だが逆に蚀えば、日本陞軍も速床・䞊昇力・防埡・火力の必芁性を理解しおいなかったわけではない。

    鍟銗は、その答えの䞀぀だった。

    隌ずはどちらが正しかったのか

    これは二者択䞀ではない。

    隌は長距離を飛び、前線ぞ進出し、敵戊闘機ず戊う。航続距離ず運動性が必芁だった。

    鍟銗は、敵が来る堎所で埅぀。譊報を受けたら離陞し、高床を取っお迎撃する。そこで倧切なのは航続距離より速床ず䞊昇力だった。

    任務が違う。

    だから蚭蚈も違う。

    問題は日本の戊況が進むに぀れ、「敵戊闘機ず旋回する戊闘機」以䞊に「高空から来る倧型爆撃機を短時間で止める戊闘機」が必芁になったこずだった。

    そこで鍟銗は、開発圓初よりも戊争埌半になっおから、その蚭蚈思想の正しさを蚌明するこずになる。

    しかし、その頃には次が来おいた

    鍟銗にも限界がある。

    高高床性胜。

    航続距離。

    歊装の発展䜙裕。

    そしお生産。

    1944幎になるず、䞭島では四匏戊「疟颚」の生産が重芁になる。

    疟颚は高速・䞊昇・航続力・運動性をより高い氎準でたずめ、20mm砲を含む匷力な歊装も持぀。

    鍟銗の生産は1944幎末たでに終了した。

    総生産数は詊䜜機を含め、およそ1,225機ずされる。

    決しお少数の実隓機ではない。

    しかし隌や疟颚のような倧量生産機にもならなかった。

    鍟銗は、必芁な圹割がはっきりした専門性の高い戊闘機だった。

    二匏戊二型乙ずは䜕だったのか

    二匏戊二型乙。

    äž­å³¶ã‚­44-II乙。

    発動機はハ109、玄1,450銬力玚。代衚的な二型では最高速床玄605km/h。党幅玄9.45m、翌面積玄15平方mずいう小さな翌を持ち、速床ず䞊昇力を優先した単座迎撃戊闘機だった。

    通垞の二型乙では12.7mmホ103を装備し、必芁に応じお翌内歊装を40mmホ301ぞ換装できた。

    40mm砲装備時。

    機銖12.7mm二門。

    䞻翌40mm二門。

    ホ301は䞀門わずか10発。

    初速玄245m/s。

    有効射皋玄150m。

    この数字だけを芋るず、決しお䞇胜な歊噚ではない。

    むしろ極端だった。

    ほずんど盞手の懐ぞ飛び蟌み、わずかな匟薬で䞀撃を狙う。

    倖せば終わり。

    圓たれば倧きい。

    それは倧型爆撃機を止めるために、射皋や匟数より䞀発の砎壊力を遞んだ兵噚だった。

    40mmずいう答え

    二匏戊二型乙の面癜さは、「40mm砲を積んでいたから匷い」ずいう話ではない。

    そこたで倧きな砲を積たなければならない理由があった。

    爆撃機が頑䞈になる。

    速床も䞊がる。

    迎撃する時間は短い。

    倧量の小口埄匟を撃ち蟌み続ける䜙裕がない。

    なら、䞀発を倧きくする。

    しかし倧きな匟を高速で撃぀砲は重い。

    だから軜いホ301を䜜る。

    軜くした代償ずしお初速が萜ちる。

    有効射皋が150mになる。

    今床はそこたで敵ぞ接近しなければならない。

    兵噚蚭蚈ずは、䜕かを埗れば䜕かを倱う。

    ホ301ず二型乙は、その関係が非垞に分かりやすく珟れた組み合わせだった。

    「よく曲がる戊闘機」から離れた先で

    そしお二型乙以前に、そもそも鍟銗そのものが日本陞軍戊闘機史の転換点だった。

    九䞃匏戊。

    隌。

    運動性。

    鍟銗。

    速床。

    䞊昇。

    火力。

    防埡。

    戊争埌半になるほど、䞖界の戊闘機は埌者ぞ近づいおいく。

    倧出力゚ンゞン。

    高速。

    重歊装。

    䞀撃離脱。

    敵爆撃機の迎撃。

    鍟銗が1940幎に初めお飛んだ時、その性栌は日本陞軍の䞭では異端だった。しかしB-29が日本䞊空ぞ珟れる頃には、その異端性こそが必芁ずされるようになっおいた。

    二匏戊二型乙。

    ずくに40mmホ301を積んだ機䜓は、その鍟銗の思想を最も極端な圢で衚しおいる。

    旋回しお敵の背埌を取るためではない。

    倧量の匟䞞を長く撃ち続けるためでもない。

    倧きな゚ンゞンで䞀気に高床を皌ぎ、高速で爆撃機ぞ近づき、ほんの䞀瞬だけ照準を合わせる。

    そしお40mm匟を叩き蟌む。

    それだけの瞬間を䜜るために。

    小さな翌。

    匷力な゚ンゞン。

    高い䞊昇力。

    そしお、わずか20発の40mm匟が甚意された。

    「圓お続ける」のではなく、「䞀発で壊す」。

    日本陞軍が倧型爆撃機迎撃ずいう問題に察しお詊した、極端で、危険で、それでも理屈の通った䞀぀の答え。

    それが、二匏戊二型乙「鍟銗」だったのである。

     
     
    WTで撮圱した写真を䜿っお、叀今東西の戊車・航空機・艊船を玹介しおいたす。 有名兵噚から知られざる名機たで、性胜だけでなく開発背景や蚭蚈思想、実戊での評䟡も含めお玹介。 3,000皮類以䞊の兵噚を掲茉予定。

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