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プロ野球「空白の一日」が、私の夢を変えた⁇





     江川卓さんをめぐる「空白の一日」。

    昭和五十三年、ドラフト会議の前日に江川さんが読売ジャイアンツと契約したことから、
    プロ野球界を揺るがす大きな騒動に
    なりました。




     そのとき、私は大学一年生。新聞配達をしながら学ぶ勤労学生でした。早朝から新聞を配り、店に戻れば新聞の販売にも取り組む。


    毎日、新聞を通して世の中の動きを追いかけていました。



     江川事件の報道が始まると、スポーツ紙がよく売れました。紙面には、江川さんや球団の動き、球界の反応が連日大きく取り上げられました。



    読者の関心が高まり、新聞を手に取る人が増えていく。その様子を、私は配達や販売の現場で感じていました。

     当時の私は、新聞記者に憧れていました。記事を書く仕事を通して、多くの人に出来事を伝え、社会を動かすことが
    できる。



    新聞には、そんな大きな力があると感じていたのです。



     しかし、江川事件をめぐる報道を読み続けるうちに、私は新聞の力について考えるように
    なりました。



    事実を伝えるはずの言葉が、誰かを追い詰めたり、世論を一方向
    へ導いたりすることも
    あるのではないか?

    記事の書き方や見出しによって、受け取る人の印象は大きく変わります。
    一方的に
    読売ジャイアンツや
    読売新聞や
    江川さんを
    叩く姿勢に
    違和感を
    感じていました。

    裏側では
    小林さんの裏取引?

    もう憶測で
    記事を書いて
    読者たちを
    煽ることに
    うんざりした
    記憶が
    今もなお
    持っています。



     
    もちろん、
    報道にはさまざまな立場や見方があります。



    それでも当時の私には、新聞社が大きな力を持ち、そのペンが人を傷つけることもあるように見えました。



    私はその報道のあり方に嫌気が差し、新聞記者になる夢を、大学三年生のときにあきらめました。



     いま振り返ると、あのときの私は、報道の力に期待していたからこそ、失望したのだと
    思います。




    新聞は、出来事を知らせるだけでなく、人々の考えや社会の空気にも影響を与えます。


    だからこそ、書く側には、事実を確かめ、言葉の重さを考える責任があるのではないでしょうか。

     「空白の一日」は、プロ野球の歴史に残る出来事です。そして私にとっては、新聞記者への夢と向き合い、自分の進む道を考えるきっかけでもありました。新聞を配っていた一人の学生として、


    私はあの日、紙面の向こう側にある言葉の力と、その怖さを初めて
    深く感じたのです。


    いかがでしょうか?

    参考になれば幸いです。

    羽富 都史彰

     
     
    名古屋市生まれ。茨城県常総市水海道に在住。平成元年5月に婿養子。伎芸『ぎげい』型おもてなし商売道を日々実践。 顔晴れ(がんばれ)しましょう、願晴れ(がんばれ)しましょう。 親戚でも無い全く縁も無い創業者夫婦とその後養子縁組となる。

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