
第26話「花向こうの世界」
二日後、バイト先で驚きの出来事が起きたのだった。
この日僕は遅番だったので、ことの出来事を知ったのは一番遅かった。なんと、麻生さんが会社を辞めたというのだ。
詳しく話を聞くと、昨日の出勤を無断欠勤した挙句、早朝電話で本人から本日付で辞めると言い出した。会社内はちょっとした騒ぎになっている。それはそうだろう。次期社長とも噂される人だ。
しかも仕事に関しては、真面目で無断欠勤をすること自体考えれなかった。そんな麻生さんが電話一本で辞めるなんて信じられない。
僕は三日前に頼まれ事を請け負っていた。自称旅人のジャムさんという人物に渡してほしいと、麻生さんから封筒を受け取った。
封筒の中身は一千万という高額な小切手だった。
小さな町工場に衝撃な事件とも言える出来事が起きた。たった一人の人間が辞めただけの話だけど、会社に置いて重要人物な人間だっただけに、失った人材としては大きな打撃だろう。
だが、どう考えてもタイミング的に変だった。麻生さんが辞めた理由、ジャムさんが関わっていないと思えない。あんな大金を払ってまでジャムさんに頼んだ仕事。一体、どんな仕事を依頼したのだろうか?
この日、麻生さんが辞めたことは社内で持ちきりだった。きっと皆んなが心配しているのは、社長がショックで倒れないかということだ。
今夜時雨さんと話してみよう。彼女も気にはなってるはずだ。しかも、あの夜のことも終わっていない。
ジャムさんから覚悟を見せて欲しいと言われて、僕たちの前で見せたこと。あれは自分自身で答えを出さなきゃいけない。僕の答えは自分が一番わかってる。だけど、覚悟が必要だった。
何故なら僕は……
仕事が終わる頃、工場長が血相を変えて事務所へ走って行った。恐らく麻生さんの件で、何か会議が行われると思った。後片付けをして、僕はジャムさんから貰ったモノを見返した。
フゥと軽く溜息が溢れる。僕が貰ったモノと時雨さんが貰ったモノは違う。モノによって意味が一つ一つ違うことは理解できた。ただ、そんなモノで運命を左右されることは癪だった。
現場を後にして工場から出て行くとき、背後から声をかけられた。すぐに時雨さんとわかった。すると顔で向こうへ行きましょうと合図を送って来た。
工場から少し離れた倉庫を指しているようだ。何となく誰かに見られないよう、僕と時雨さんは距離を置いて倉庫へ向かった。先に彼女が倉庫へ入り、僕も遅れて続いた。
倉庫は部材置き場で、この時間帯は誰も入って来ない。それを見込んで選んだのだろう。ドアを開けると部材の独特な匂いがした。
棚の向こう側で彼女が立っている。彼女に近寄って、「どうしたの」と訪ねた。
「うん、お爺ちゃんのことなんだけど、今晩会議をするらしいの」と時雨さんが元気の無い声で言う。
お爺ちゃんというのは社長のこと。時雨さんは社長の孫で、やはり心配しているのだろう。麻生さんが突然辞めたことだ。僕だって不安だった。あんなことがあってからの出来事だったから。
「眉道くんはどう思う?やっぱりジャムさんが関係してるのかな」
「だと思うよ。タイミング的にもそうだし、それに麻生さんは人に言えないことをジャムさんへ依頼した。それが何かって言われるとわかんないけど」
「そうだよね。私、不安なの。麻生さんのことも心配だけど、もしかして私たちも……」
「大丈夫だよ。君のことは僕が守るから。気にしてたら、不安は募るばかりだって」と僕はそう言って、時雨さんに寄り添うよう近寄った。
少し鼻をすすり、時雨さんは僕の胸元へ顔を埋めた。彼女が不安になっている理由はわかっていた。あの夜、ジャムさんから渡されたモノ。あれが何を意味しているのか不安なんだろう。
自称旅人の謎多き男ジャムさん。僕たちに渡したモノは一枚のタロットカードだった。果たしてタロットカードが意味する事は。
第27話につづく