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After 1932(5.15)

    全く一次資料に当たらず、妄想だけで筆を取ります(尚、下書き)
    当時から現在に至るまで、ご苦労、ご不幸のあった方々を貶める意図はございません。また、差別的表現は当時の状況を反映して居ません。

    尚、記事更新の形で連載(?)加筆、訂正致します。この頁では私が神だからである!(傲岸)

    "coup d'État"1932

    5.15の青年将校らによる作戦は成功した。あらゆる政党員、財閥関係者はほぼ日本から消滅、三菱などの既存の財閥は解体、
    新たに興国党と左文字党だけ設立される。右翼左翼の政争が、茶番の様にラジオや新聞を賑わせる。

    陛下は京都へ戻られ、東京は一大穀倉地帯と、交通の要衝を兼ねる事になる、これにより、武蔵県と名が改められる。

    〝Lytton Commission〟1932

    満州事変に対して派遣された国際連盟の白い糞。
    混乱期の日本に、抗する術はなく、日本は東アジアの島嶼以外から撤退する。
    当然国民から不満が漏れるが、軍に統制されたマスコミからは軍や政府、そして国際連盟への批判も為されない。
    いつしか羊の群は何も言わなくなる。

    〝Zero-1Fighter〟1939

    航空機の発展著しい頃、二種の軍用機が生まれる。

    改良中の金星エンジンによる高速一撃離脱戦法
    鋼管羽布張り構造の採用
    12.7mm機関銃を6門装備

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    0-1戦闘機、陸海空軍で共用される。
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    そのまんまです。

    九八式双発爆撃機
    DC-3のコピーが原型。
    爆弾倉を新設し、500kg程度の爆弾を搭載可能とする。

    • 機首、胴体上面、胴体下面、尾部に旋回機銃座を設け、七・七粍機関銃を装備し、自衛能力を持たせる。

    • エンジン: 九八式輸送機と同じ、中島飛行機製の寿エンジンまたはその発展型を搭載する。

    • 特徴

      • DC-3譲りの高い安定性と信頼性を持つ。

      • 輸送機ベースのため、比較的広い胴体空間を利用できる。

      • 新規開発に比べ、短期間で量産が可能である。

      • 高速な戦闘機である「0-1」との連携を考慮し、ある程度の速度性能も持たせる。

    1932年以降に起工された戦艦は、2隻ありましたが、この架空世界では竣工しません。

    てきとう
    • 大和型戦艦

      • 大和(やまと):1937年(昭和12年)着工

      • 武蔵(むさし):1938年(昭和13年)着工

    これらの艦は存在すらしません。

    巡洋艦(本来ならあったもの)

    • 阿賀野型軽巡洋艦(4隻):1939年(昭和14年)から順次着工

    • 大淀型軽巡洋艦(2隻):1940年(昭和15年)に着工

    • 香取型練習巡洋艦(3隻):1938年(昭和13年)から順次着工

    これらが、1932年以降に日本海軍が建造をしなかった戦艦と巡洋艦です。

    潜水艦を主力とした理由

    1. 対艦戦闘の回避:敵の駆逐艦や巡洋艦と戦うことを前提としないため、魚雷の搭載数を減らし、その分の重量やスペースを、消音化装置や居住性の向上、そして予備燃料に回すことができる。

    2. 偵察任務の重視:敵の輸送船団を発見し、追跡し、正確な位置を攻撃部隊に伝える、という偵察任務も重要になる。この任務には、高性能なソナーや偵察用の潜望鏡といった精密機器が優先され、重武装は必要ない。

    3. 奇襲攻撃への特化:潜水艦の強みは、何よりもその「隠密性」。重武装は、機体の重量を増やし、潜航速度や潜航深度に悪影響を与える可能性がある。隠密性を最大限に活かした奇襲攻撃に特化するなら、魚雷の数よりも、いかに「見つからずに接近できるか」が重要になる。

    歩兵銃

    短機関銃と従来の歩兵銃との併用。

    • 短機関銃:市街地や山岳地帯といった、近接戦闘が予想される戦場での火力として。

    • 歩兵銃:開けた場所での戦闘や、遠距離の敵を狙撃する際に。

    これにより、部隊全体として、あらゆる戦場に対応できる柔軟性を手に入れることができる。

    空軍の独立と対戦車戦術

    「対戦車兵器として、擲弾筒の流用は難しい」パンツァーシュレッケやバズーカはない。

    旧式戦闘機を対戦車兵器として運用し、陸軍から空軍を独立させる。

    陸軍と海軍に加えて、日本に第三の軍事力が生まれる。

    空軍の誕生により、陸海軍の対立は容易でなくなる。空軍抜きの作戦は不可能になった。

    短期決戦

    補給・輸送体制の脆弱性から、短期決戦に持ち込むしかない。

    陸軍が、少数の精鋭部隊で、敵の主要な拠点を短期間で制圧し、補給線が延びきる前に勝利を確定させる。このような戦略を立てる必要がある。


    この新しい方針は、これまでの日本の軍事思想を根本から覆すもの

    • 輸送機の不足: 当時、落下傘部隊等を運ぶための輸送機は、まだ十分な数がない。DC-3を転用した輸送機が必要になる。

    • 空挺兵の訓練: 落下傘降下や、降下後の戦闘を専門に行う、高度な訓練を受けた兵士を養成する必要がある。

    • 制空権の確保: 作戦を成功させるためには、上空の制空権を完全に確保しなければならない。敵の航空機に阻止されたら、作戦は失敗に終わってしまう。

    • 空母:真珠湾ではなく、ヴィシー・フランス領奪取作戦に注力させる。

    • 潜水艦:魚雷を外し、陸戦隊をより多く乗せる。

    • 外交:アメリカに察知されることを前提とし、外交官に時間稼ぎをさせる。


    空母の運用と航空戦力

    真珠湾攻撃を行わずに空母を温存することで、その戦力をより確実な目標であるヴィシー・フランス領奪取作戦に投入できる。この作戦に成功すれば、日本は南方に確固たる足がかりを築き、将来の戦略を有利に進めることができる。

    潜水艦の役割の変更

    潜水艦から魚雷を外し、陸戦隊を乗せるというのは、まさに「隠密輸送艦」としての役割。これは、敵に悟られることなく、作戦の最重要要素である精鋭部隊を、敵地に送り込むための非常に効果的な手段になる。

    外交と時間稼ぎ

    日本が国際連盟の常任理事国であるまま。 これにより、外交官は「国際連盟の枠組みの中で問題解決を図る」という名目で、アメリカとの直接的な対立を避けつつ、時間を稼ぐことができる。国内の世論は封鎖される。愚民め。

    アメリカは、日本が何かを企んでいると察知はするだろうが、国際的な手続きを無視して軍事行動を起こすのは難しい(シェンノート隊や、英による補給はされるが。それは中国大陸内の争いに消化される。)

    この作戦を成功させるために、ヴィシー・フランス領のどの拠点を最初に攻撃するのが一番効果的か?

    〝Hanoi Rocks〟After 1932

    新国家「日本」の黎明


    我々の歴史は、1932年のリットン調査団の報告から始まる。大陸への投資を一切やめ、日本は**朝鮮半島南端を除くユーラシア大陸から全ての兵力を撤退させた。これは、古来より内戦を収めてきた皇族の権威をも利用して成し遂げられ、徴兵制を廃止、志願制へと移行する道を開いた。この新しい軍は、医師や研究者、学生を前線に送ることはなく、女性兵の志願、また、将官への門戸を開き、専門的な知識と高い士気を持つプロフェッショナルな集団となった。


    海軍と空軍の抜本的改革


    海軍の戦略もまた、根本から見直された。戦艦や巡洋艦の新規建造は全て中止され、その予算は潜水艦戦力の強化に回された。これらの潜水艦は、消音化と航続距離、居住性を重視し、敵の軍艦との決戦を避け、輸送船のみを標的とする「非対称戦力」として運用される。

    そして、陸軍の弱点であった対戦車戦を補うため、空軍が陸軍から独立。短機関銃と歩兵銃を併用する歩兵と、軽戦車で構成された陸軍を、空から支援する「縁」戦闘機が、大量に配備された。


    外交と奇襲作戦


    この新しい軍事力は、戦わずして優位に立つことを目指した。

    日本は国際連盟の常任理事国としての立場を利用し、南洋群島の軍事要塞化協定を無視。「ナチス・ドイツの脅威に備えるため」という欺瞞を国連で演説し、時間を稼ぎながら、密かに飛行場や潜水艦用ドックを建設した。

    ハワイを攻撃することなく、主力艦隊の空母はハノイ方面へと向かう。潜水艦は魚雷を外し、陸戦隊を乗せた「隠密輸送艦」として、ヴィシー・フランス領の首都ハノイへ向かった。そして新型戦闘機と落下傘部隊、そして陸戦隊による奇襲攻撃で、ハノイを短期間で制圧するという作戦を練った。


    対ソビエト戦略と旧式艦の活用


    ソビエトの脅威に対しても、周到な備えが行われた。旧式艦で構成された艦隊が、日ソ不可侵条約を名目にウラジオストクの守備へと向かった。これは、ソビエトの動向を監視し、日本の新兵器開発のテストベッドとする、一石二鳥の戦略であった。

    以下次号。(2025.8.5)


    #AIと自由研究

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