
自分を疑うということ
『毒親になんてなりたくなかった。』 #019
長男は、特に怒られている時に「言った、言ってない」「やった、やってない」という言い争いになりやすい。
こちらが事実を伝えても、本人は頑として認めない。
どうしてそこまで言い張るのか。
話を聞いてみると、どうやら本人は本当に自分が「そうした」と思っているらしい。
だから、していないと言われると反論したくなるのだという。
なるほど。本人からすれば、自分が正しいことを言っているのに否定されているわけだ。
それなら怒るのも理解できる。
しかし、困った。
本人の中では事実になっていることが、実際の出来事とは違っている。
まるで病的な妄想のようにさえ思えてしまう。
これもADHDの特性なのだろうか。
長男は、あまりにも自分を疑わない。
それどころか、自分に原因があることでも人に責任を押し付けてしまうことが少なくない。
だから、誰かと意見がぶつかった時には、自分の認識が間違っている可能性も考えることが大事だと伝えた。
すると、面倒くさいからやりたくないと言う。
確かに、自分が正しいと思っていることを、わざわざ疑うのは面倒くさいだろう。
でも、だからこそ、面倒くさいと思うことには率先して取り組み、慣れていくことが大切だと伝えた。
自分が正しいと思っていても、間違っていることはある。
相手が間違っていると決めつける前に、自分を疑ってみる。
長男には、まずそれができるようになってほしい。
これは私の我儘だろうか。