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Photo bymitu0824

一度は行きたい金峯山寺

     はじめましての人も、前から知ってる方も、ごきげんよう。

     偏光です。

     金峯山寺きんぷせんじ@吉野と、
     金剛峯寺こんごうぶじ@高野山て、
     ぱっと見似てるよね。

    (文字数:約1900文字)


    近鉄南大阪線阿部野橋駅

     近畿に居住している者であっても、
     「行こう!」
     という強い意志を持った上で、

     諸々の条件が整わなければ、なかなか見る事が叶わないものの一つだ。

     吉野の桜。

     江戸の染井村の人たちが世に知れた桜の名所にあやかって、ソメイヨシノと名付けたものの、品種としては全く違うヤマザクラ。

     それも修験者達が一本一本、それぞれに植えていった結果、見渡す限りを埋め尽くすまでになったという。  

     事実大阪府に移り住み、学研都市線を利用しながらフルタイムで勤務していた数年間は、頭によぎりすらしなかったのだが、
     入籍後河内地域に移り住み、近鉄の南大阪線を利用するようになると、

     3月〜5月の間、地下からの阿部野橋駅改札口に、秘仏公開中の高札が出されるので、年に一度は思い出させられてしまう。

      

    かたくなにマイカー

     そんなわけで一度行きたいのですが
    (・ω・)(・∀・)

     と配偶者に提案したものの、

     無理だと、
     やめろと、
     公共交通機関を使ってくれと、
     再三告知がなされているにも関わらず、

     ここの駐車場に停めてここから歩きで
    (・ω・)(・∀・;)?
       いや無理じゃない?

     朝早く行けば大丈夫
    (・ω・)(・∀・;)
         ホント?

     ホントちゃうかった。
     駐車場満杯どころか溢れ出て、ただ引き返すしかなかった。

     無理だったね
     お蕎麦食べて帰ろう
    (・ω・)(・∀・;)
       どんだけ車好きなの貴方

     パニック障害だとは聞いていたが、つまり混雑度50%を超える電車に乗れないほどだったという事は、その数年後にようやく知った。


    そもそものニーズのすり合わせ

     純粋にドライブだけして帰る羽目になったが、
    (・ω・)(・∀・)イエー♪
           ↑
     私は大して不満でもない。
     なんならそれはそれでノリノリだ。

     なぜかと考えて認識したのだが、私が是非とも観たかったものは、
     金峯山寺の巨大秘仏であって、

     桜は満開じゃなくても、なんならピークをずらした三分咲きでも、葉桜でも一向に構わなかった。

         だよ
    (・ω・)(・∀・)]“
    なんだー


    日本最大秘仏(しかも三体横並び)

     なのでピークをずらして再トライ。

     そしたらもうある程度普通に、駐車場停められて観光できるのよ。
     桜も満開じゃないってだけで、全部が散ってるわけじゃないし。

     そして金峯山寺の、私にとっては素朴なおかしみポイントなんだが、

     日本最大秘仏って何。
     それって秘める気あんの?

     しかも一体でも巨大な蔵王権現ざおうごんげんなのに、
     過去・現在・未来の、
     三体横並びておもろ過ぎるやん。
    (・ω・)(*>艸<)“
     すげー

     公開期間は三体の内から選んだ一体を、屏風で少人数を囲んだ空間から、間近に見上げさせてもらえる。

     神でもない。
     仏でもない。
     青色蔵王権現。

     存在自体がミステリーかつトリッキーで私はツボに入りまくりなんだが、写真ではない実物の間近の迫力はひとしおよ。

     良いもん観た観た
    (・ω・)(*・∀・)
       特別護符ももらえた♪
          ↑
        拝観料に込み


    歴史好きならもういっちょ

     金峯山寺の蔵王堂正面にあるのは四本桜よもとのさくら。

     南北朝時代の、南朝の都が吉野に置かれていた頃に、北朝方に攻め込まれた護良もりなが親王が、戦いの最期に酒宴を張った場所だ。

     正直観に行った時は南北朝時代をあんまり知らなかったので、後ほど改めて『太平記』を読んだんだが、

     それでもザワザワザワザワしたよ♪
        うわー血生臭ーい♪
    (;・ω・)(○∀○;)
    分かるんだ

     流石に700年も経っているので歴史の厚みの方が感じ入るけど。

     あと護良親王はここでは亡くなってません。
     お付きの方が犠牲になって逃したから。
     とは言えここの方がまだマシだったかも。
     何にせよ歴史は一口には語れませんわ。


    以上です。
    ここまでを読んで下さり有難うございます。

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