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知識で見るな感じろ舞楽面【大和文華館】

     はじめましての人も、前から知ってる方も、ごきげんよう。
     岡埜 由木古です。

     知識ほぼ皆無でも味わえはする。

    (文字数:約2000文字)


       『みやこの舞楽ぶがく
        ー舞楽面と舞楽図でたどる芸能の美ー』
       大和やまと文華ぶんか館(奈良県学園前・月曜休館日)にて、
       2025年11月9日まで

    近鉄線の面白み

     ちょっと時間が掛かったり料金がかさんだりするが、奈良にも京都にも、伊勢にも名古屋にも、うまいこと選べば結構空いた車両で行けるんだ。
     このゆったり感に馴染んでしまうと、大阪市内に出て快速ではあるが結構混んでる車両に乗るのと、どちらが良いか目的地によってはかなり迷う。

     古市駅で後ろ二両切り離し、というトラップもあるし。10年以上暮らすとさすがに慣れたけども移住当初は本気でなんじゃそりゃで。
     (;∀;)橿原神宮に行くはずだった

     大和西大寺は乗り換えホームが遠いのに、発車が1分後だやばい、
     とか思っていたら、乗り換え先ホームとの間に停まっている車両の扉が、両側空いていて通過して良いよって、
     そんなんあり? ってめちゃ驚いたけどそりゃ助かるありがとう。

     独自の工夫が面白い路線、それが近鉄。


    大和文華館は玄人向け

     そんなこんなで学園前駅徒歩7分で、大和文華館にたどり着く。

     蛙股かえるまた池に面した植物園が見事だそうだが、ちょーーーーど何の花も咲いていない時期だった。10月のひと月だけで、他の11ヶ月は何かしら咲いているようであるのに。

     まぁ本日の目的は特別展だから構わないんだが。
     なんでそんな時期に特別展なのかって、現在も舞楽に使用されている面とかあったから、貸し出せる期間との兼ね合いだろうな。

     申し訳無い事に、こちとら舞楽鑑賞初心者で、舞楽知識30%程度で訪れているので、展示品に添えられた解説内容が、ほとんど分からない。
     しかし有難い事に、入口に展示品目録と一緒に、「舞楽用語と曲目の解説資料」が置かれていたので、途中で一旦ベンチに座ってひと通り読み終えてから鑑賞を再開したら、どうにかなったぞ。

     知識が無い状態でもすげぇ面はそりゃすげぇと感じるんだけどな。

     何せ平安時代から江戸時代までの、舞楽面の変遷から、(めちゃざっくり言って)京都と奈良と大阪(天王寺)、三系統の造形に分かれて行く過程を探る、
     という、博物学玄人向けな内容だったもので。


    すげぇ面はそりゃすげぇんだよ

     だって御神体になってたりするんだもん。

     そんでそうした面はやっぱり、解説読む前からただならぬ存在感と緊張感を放ってるもん。
     その空気は図録を買って確かに同じ面の写真を見たって伝わってこない。撮影可能な展示品もあったけれども、よほどの技術でも習得していない限りは、醸し出す空気まで写し取れるはずもない。

     曲目によって、老人だったり武将だったり酔っ払いだったり内容に応じた役柄があって、それに応じて面の造形も、眉の位置だったり鼻の高さだったり彩色だったりが、ある程度決まってくる。

     例えば見出し写真は私のお気に入り曲目、陵王りょうおうの面。素顔は並外れて美しい王様が、兵士たちの士気を上げる為に、わざと恐ろしい龍の仮面を付けて戦ったというエピソードに基づく。

     いかにも元腐女子好みな逸話で申し訳ないが、腐要素など一切無い方であっても、同じ舞楽を鑑賞するにあたって、

     よく分からない気持ちの悪い化け物の面、とだけ思いながら見るのと、
     この面の下には世にも稀なる見目麗しい御容貌が隠されている、と思いながら見るのとでは、
     趣きが異なるというものだろう。味が増しますわな。

     平家一門が造らせて厳島神社に奉納した面となると、その中でも武将面はリアリティがあって、勇猛さや怒りだけじゃない哀しみのようなものまで感じ取れるし、

     江戸時代の名細工師、天下一越前(この呼ばれ方もすごいな)の作品となると、それまでに見てきた面と基本の型は同じであるのに、髪の生え際だったりシワの彫り込みだったりのディティールが際立っていて、細工師独自の解釈が窺える。


    天野社舞楽曼荼羅供

     今回の展示で私は初めて知ったんだが、先日行った丹生都比売神社でも、

     江戸時代には舞楽が執り行われていて、大阪の人が出張して舞った記録が残っていたり、かと思うと面の造形は奈良系だったり、どっちの系統とどこまでの繋がりがあったのかが、まだ謎。

     実際に執り行われた舞楽を記録した図像が、確かに先日行った境内の参道に沿って、舞台とか演者の支度場所とか僧侶たちの待機場所とかが設けられていて、私的には高野山との関わりも含めて、もうちょっと詳しいところまで知りたいんだが。

     既得知識と解説資料だけでは物足りなくなったので、舞楽全体の解説本を購入しました。勉強します。


    以上です。
    ここまでを読んで下さり有難うございます。

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