
拝啓文芸部!落とし物の持ち主~ルノワールの絵画盗難事件、その結末は?
盗品回収証明書(フランス国家警察・美術品犯罪対策局)
【盗難品回収目録】
被害品: ピエール=オーギュスト・ルノワール作 油彩画 2点
回収場所: オリーブ畑脇の舗装道路(泥棒の足もつれによる転倒現場)
回収時の状態: 額縁に若干の擦り傷。キャンバスは無傷。
現在の保管状況: 警察署の応接室(ルノワールの作品にしては些か照明が明るすぎる)
光の絵画と、自称・落とし主の弁明
フランス南部の警察署。マルセル警部は、デスクに並べられた2枚の油彩画を見つめていた。
19世紀の巨匠ルノワールが描いた、光溢れる少女と婦人の肖像。前夜、美術館から盗み出された被害総額16億円のうちの2点だ。
「それで、この『落とし物』の持ち主を主張しているのは誰だと?」
「盗み出した泥棒の一人です」
警部補の言葉に警部は耳を疑った。逃走中に転んで絵を落としたマヌケな男が、自ら警察署に返還請求に来たと言うのだ。
取調べ室に入って来た男は、膝に包帯を巻き、悲劇の勇者のような顔をしていた。
「警部、私の愛しいルノワールは無事かね?」
「君は16億円の絵画を盗み出した容疑者だ。なぜ落とし物相談窓口のような顔でここにいる?」
「私は『真美の追求者』だ」男は熱っぽく語り出した。
「昨夜、私は絵を抱えて走っていた。その時、月明かりの下で絵画の彼女たちと目が合ったのだ。柔らかな光、豊かな色彩! その美しさに息を呑み……石につまずいて転んだ」
「自爆だな」
「私が転んだ拍子に、彼女たちは手から離れ路上に滑り落ちた。追っ手のサイレンが聞こえ、相棒は私を置いて逃げた。私はやむなく影に隠れ、君たちが彼女たちを保護するのを見届けたのだよ」
男は人差し指をチッチッと振った。

「法律の話をしよう。私はあの絵を美術館から『移動』させた。つまり所有者の占有を離脱させた。そして逃走途中でそれを『紛失』した。つまりあの瞬間、あの絵は誰も所有していない『落とし物』となったのだ! 落とし主が警察に届出をするのはフランス市民の当然の権利だろう?」
「……屁理屈もそこまで行くと芸術的だな」
「私はあの絵を落とした張本人だ。もし美術館に返還されるとしても、私には『落とし主』としての謝礼金や、精神的慰謝料を請求する権利があるはずだ!」
警部はしばらく無言で男を見つめ、ゆっくりと立ち上がった。
「見事な論理だ。だがね、泥棒くん。君は重大なことを見落としている。ルノワールと言う画家が、生涯で何を最も愛していたかを知っているか?」
「光、女性、自然、そして『生の喜び』だ!」
「その通りだ。ルノワールは『絵画とは愛らしく、愉しく、美しいものでなければならない』と言った。暗闇を冷や汗で走り、石につまずいて膝を擦りむくようなダサい男の手の中に、彼の絵が留まる訳がない」
警部は手錠をガチャンと鳴らした。
「君が絵を落としたのではない。絵のほうが、君という不恰好な所有者を振り払って飛び降りたのだ。 したがって、本当の『落とし主』は100年前にその美を描いたルノワール自身だよ」
男は呆然とした後、諦めたように苦笑した。
「参ったな。警察官にまでエスプリの講義をされるとは」
「さあ立ちたまえ、『元・所有者』さん。拘置所はルノワールの絵ほど光は差し込まないが、反省するには十分な明るさだ」
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