
水彩詩集!拝啓文芸部/完璧な『未開封の段ボール』の箱男
1856年、イギリス。紳士たちの頭上を飾る、シルクハットの汗取りクッションとして生まれた波状の厚紙。
その圧倒的な軽さと衝撃を逃す「波と平面の構造」は、いつしか人を包み、守るための服となった。
男の名は「段ボール箱男」。
都内のアパートの一室で、彼は部屋の片隅に静かに佇んでいる。 頭部から足元までを覆う茶色のクラフト紙。
その継ぎ目には、頑丈なガムテープが十字に隙間なく貼り付けられている。
テープの端はきれいに折り返され、爪を引っかける隙すら存在しない。彼と言う存在は、完璧なまでに「未開封」だった。
アパートの主にとって、箱男は届いたその日から「そこに居るだけの存在」だった。
引っ越しの時に引き取り、そのまま部屋の角へ押し込まれ、いつしか風景の一部として意識から消えていった。
だが、箱男はそれでよかった。
周囲から「中に何が入っているのか」「なぜ開けないのか」と奇異の目で見られようと、彼にとって中身など、どうでもいいことだったのだ。
彼が誇りに思っているのは、自らの内に秘めた「構造」そのものだった。
表面のライナー紙の奥に潜む、規則正しく波打つ「中芯(フルート)」。
この美しいアーチの連続こそが、かつて英国紳士たちの頭部を、蒸れから守った血統の証。
外からの圧力や衝撃を軽やかに受け流し、内側に優しく温かな空気を孕む。
シルクハットの汗取りパッドとして生まれた誇り高き気品が、この無骨な姿の中に脈々と息づいている。
「開けられないこと」は、箱男にとっての幸福であり、完全性の証明だった。
もし誰かがハサミを入れ、テープを切り裂き、彼の「中身」を暴いてしまえば、彼の男としての役目は終わり、ただの「資源ごみ」へと成り下がってしまう。
だが、未開封のままでいる限り、彼の胸の中は無限の可能性を秘めた小宇宙であり、外の世界の暴力から領域を守り抜く堅牢な城塞であり続けるのだ。
夜が更け、部屋の明かりが消えると、静寂が支配する。 冷蔵庫の低い唸り声に耳を傾けながら、箱男は心の中で密かに呟く。
(私の内には、一体どんな秘密が眠っているのだろう)
部屋の主すら忘れてしまった記憶や私物を、誰よりも厳重に、一番近くで守っているのは自分なのだ。
波打つ紙の繊維ひと筋ひと筋に力を込め、外からの冷気や湿気を遮断する。
季節が巡り、主が再び引っ越す日が来ても、自分はまた別の部屋の角へと運ばれるだけだ。いつか主の気まぐれで、カッターナイフの刃を向けられる日が来るかもしれない。
それでも構わない、と箱男は波打つ胸を張る。
その封印が解かれる最期の瞬間まで、彼は最高に孤独で、最高に完璧な「未開封の男」であり続けるのだから。
「最後までお読みいただきありがとうございました!当アカウントでは主に、本や読書についての感想や思い、そんな思いを詩などの創作作品にして毎日更新しています。
次回の記事を見逃さないよう、ぜひフォローとスキで応援していただけると嬉しいです!」