
水彩詩集!積読美術館~フェルメール『真珠の耳飾りの少女』の静寂な眼差し
仕事帰りの古書店で、その画集と目が合った。ヨハネス・フェルメールの全作品を収めた一冊。
表紙の『真珠の耳飾りの少女』は、どこか寂しげに僕を凝視する。
衝動買いしたものの、部屋の棚に差し込んだ瞬間、それは静かに「積読」のコレクションへと仲間入りした。
背表紙の日焼けが進むだけで、開かれることのない日々。けれど、その画集には奇妙な「居場所」があった。
僕は何か重大な決断をする時や、挫折して夜も眠れない時、決まってその画集の前に立つ。薄暗い部屋で背表紙の金文字に指先で触れるだけで、不思議と心が凪(な)いでいくのだ。
フェルメールの描く「静寂」と「光」は、本を開かずとも、重たい表紙を押し破って、部屋の中に滲み出している気がした。
ある冬の夜、会社での重大な失策に打ちひしがれ、やりきれない感情に圧し潰されながら、僕は数年ぶりにその重い表紙を開いた。
ページを繰(たぐ)る。光をはらんだ青、静けさを纏(まと)う黄色、窓から差し込む優しい木漏れ日。
そして目的のページをめくった時、はらりと小さな一枚の紙片が落ちた。

それは、画集を買った日に挟んだまま、忘れていたメモだった。
「いつか、この絵のような静かな情熱を持って生きる」。当時の自分の青くさい筆跡が…そこにあった。
ハッとしてもう一度絵を見つめ直す。
少女の瞳は、未来の自分に失望されたのではないかと怯えていた僕を、責めることもなくただ優しく受け止めていた。
読まないまま寝かせていた時間は、無駄ではなかったのだ。本を開かなかった数年間、僕は確かにこの本に守られ、熟成される時を待っていた。
開かれない本が集う我が家の「積読美術館」。
その館長である僕は今夜、ようやく最初の展示作品を深く鑑賞し終えた。
ページを閉じ、その画集を棚に戻す。その背表紙は心なしか、最初に出会った時よりも温かい光を帯びているように見えた。

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