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ウインナーだけのお弁当と、記憶にない給食。


    給食の記憶で残っているのは、アルミの器、先割れスプーン、テトラパックの牛乳、給食当番の割烹着と帽子を順番に持ち帰って洗濯してもらったことぐらい。

    〇〇が好きだったとか、牛乳が飲めなかったとか、献立内容に関する記憶はまったくない。
    ああ、食べきれなかったコッペパンをランドセルに入れてぺっちゃんこにしたのは、わたしの記憶か、それともTVかなにかで見たものか。
    それぐらい曖昧。

    少なくとも、小学校6年間は給食だった。
    父の転勤で、2年ごとに転校したから、通った小学校は3校。
    でも、どこの給食も記憶にない。
    そもそもわたしには、小学校時代の記憶がほとんどないのだ。

    たったひとつだけ覚えているのは、お弁当の日の出来事。

    わたしは昔からウインナーが大好きだった。いまの皮がパリッとしたものとは違う、赤くて短いウインナー。タコを作ったりするアレだ。
    でも、普段の食卓にのぼるものではなかったから、母に頼みこんで、お弁当のおかずをぜんぶウインナーにしてもらった。

    母にしてみたら、卵焼きとかほうれん草とか、他のものを入れたかっただろう。
    けれどわたしがあまりにも懇願するので、その日の朝、ごはんとウインナーだけのお弁当ができあがった。
    めちゃくちゃ嬉しかった。
    だからわたしは、迎えに行った団地住まい(なぜかこれは鮮明に覚えている)の友達の家で自慢した。

    「ウインナーだけのお弁当を作ってもらったの!」

    大好物で、滅多に食べらないウインナーがたくさん詰まったお弁当。
    嬉々として友達と、彼女のお母さんに話した。
    そうしたら、そのお母さんは「ちょっと待っててね」と言って、わたしに追加のおかずを持たせてくれた。それがどんなおかずだったのかは、やっぱり覚えていない。
    遠足だったのか、運動会だったのかすら、覚えていない。

    ただとにかく、ウインナーだけのお弁当を自慢したら、友だちのお母さんにおかずを渡されたことが記憶に残っている。

    大人になってから考えると、あれはきっと、ウインナーしか入れてもらえないなんてと、不憫に思われたのだ。もしくは栄養が足りないと思われたのだろう。

    給食の記憶はない。小学校時代の記憶も朧気だけど、その出来事だけは、はっきりと覚えている。


    大人になったいまでも、ウインナー好きは変わらない。
    朝食には必ず、ウインナーを1本つける。

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    今朝の朝ごはん。


    中学校からお弁当になって、高校大学社会人になってからもずっとお昼はお弁当。学食に行ったことも、社食に行ったこともない。
    ウインナーと卵焼きは、必ず入っていた。
    自分で作るようになっても、それは変わらなかった。


    最近、夫のお弁当を作るようになった。
    残念ながら、朝が苦手なわたしには、かつての自分のように、取り分けておいた夕飯の一品や卵焼き、ソーセージなど色々なおかずの入ったものは作れない(社会人時代は、前の日に作っていた)。

    夫が坐骨神経痛になった時「食堂でまで歩くのが辛いからおにぎりを持っていきたい」から、はじまったので、だいたいが一品か二品をごはんにのせたのっけ弁当だ。

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    ある日の、マルシンハンバーグのっけ弁当
    マルシンの下に、大葉キムチが1枚入れてある。

    いま、わたしにはひとつの野望がある。それは、

    夫に、ソーセージだけののっけ弁当を作ること。

    昔のわたしみたいに、喜んでくれるといいなと思う。


    #ビンゴエッセイ



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    今日は給食。1ビンゴ。
     
     
    信州在住の物書き。エッセイ、掌編小説など思うままに綴ります。創作大賞2025 中間選考通過(フード部門)。 2026年は小説『羅針盤の示すその未来(さき)へ』をオールカテゴリ部門に応募。桜や花、航空機、風景などを中心に撮影も。記事中の写真は基本、本人撮影。たまに夫(掲載了承済)。

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