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Photo bynininice

天ぷら鍋は設備ではありません。

    とある、優しいオーナーの話。
    そのオーナーは、
    かなりサービス精神が豊富な人だった。

    入居者さんに喜んでもらいたい。
    何かしてあげたい。

    そんな気持ちを、
    いつも全力で行動に移すタイプだった。

    ある日。
    そのオーナーが所有している物件の一室が、
    新しく空室になった。

    その部屋のキッチンは、
    IHコンロ。

    するとオーナーは満面の笑みで、
    私にこう言った。

    「新しく入居する人に、
    プレゼントしたいものがあるんだ。」

    用意されていたのは、
    IH専用の天ぷら鍋だった。

    ……天ぷら鍋?

    私は一瞬、
    頭の中に疑問符が浮かんだ。

    一人暮らしの人が、
    わざわざ自宅で天ぷらを揚げるだろうか。

    油が飛ぶ。
    後片付けも大変。
    部屋にも匂いが残る。
    私だったら、絶対にやらない。

    しかし、すぐに気がついた。
    ……そもそも私は、料理をあまりしない。
    天ぷら以前の問題だった。

    もしかしたら、
    世の中には一人暮らしでも
    毎日天ぷらを揚げる人がいるかもしれない。

    私の狭い世界だけで、
    「需要がない」と判断するのはよくない。

    そう思い、
    私は黙っていた。

    そして後日。
    その物件に入居したお客様から、
    一本の電話がかかってきた。

    「あの……オーナーさんから、
    鍋をもらったんですけど。」
    受話器の向こうから、
    お客様の戸惑いがヒシヒシと伝わってくる。

    どうやら、
    あの天ぷら鍋である。
    「これ、設備ですか?」

    ……。

    「設備ではないですよ。」
    私は答えた。

    するとお客様は、
    少し安心したような声で言った。

    「じゃあ、
    使わないので親にあげてもいいですよね?
    せっかく善意でいただいたものなので、
    勝手に誰かへあげるのも気まずくて……」

    なるほど。
    天ぷら鍋は、
    やはり天ぷらを揚げる人のところへ
    旅立つことになったらしい。

    「……いいと思います。」
    私は答えた。

    そして私たちは、
    ある約束を結んだ。

    「オーナーさんには、
    内緒にしましょう。」
    「はい。」

    こうして、
    オーナーの善意で用意された
    IH専用天ぷら鍋は、
    新しい入居者の元を離れ、
    その親御さんの元へ旅立った。

    ちなみに、
    オーナーは本当に優しい人だった。

    ただ少しだけ、
    サービス精神が強すぎたのかもしれない。

    そして私は思った。

    入居者さんに喜んでもらうためには、
    「何をあげたいか」だけではなく、
    「何が欲しいのか」も
    大切なのだろう。

    ……でも、
    もし私が入居者だったら。

    天ぷら鍋より、
    商品券の方が嬉しい。

    結局私は、
    最後まで料理をする気がなかった。

     
     

    とと

     
     
    日常で起きたことを、 笑えるエッセイとして書きたいです。 今までやってきた仕事の話 強烈だった元彼の話 育児の話 日常のあれこれ など、現在は気まぐれにいろいろ書いてます。 ※完結しました↓ ※強烈だった元彼シリーズ ※宅建取得までのエッセイ

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