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Photo byhoho8888

布団の中の距離と、私たちの時間|自死遺族|

    家にパパがいたことが、嘘みたいに感じるようになってきた。
    脳の防衛反応で、毎日一緒に過ごしていた人がいないことに少しずつ慣れていくのかーー。

    思い出になってきた。かなしい。

    アイドルよりも会えない人になってしまった。
    笑いながら「ママは誰のもの?」ってきいていたよね。
    「私は私のものだ!」と返していたけど、
    きっと「パパのもの」って答えてほしかったんだよね。


    出会った頃のパパは
    「こわい夢を見たらすぐに行くよ」って言ってくれていた。
    パパの電話の声や笑い声、あたたかくて好きだった。


    パパ、今来て欲しいよ。


    おばけがこわいときや寒い時、寝ているパパの足に垂直に自分の足を当てて寝ていた。体温が高かった。


    一緒の寝室で寝ていたパパがいなくなって、部屋が広くて暗くて、怖くて、さみしくて、つらくて、耐えられなかった。

    半年くらい経って、子どもたちの気配や寝顔、月明かりを少しずつ感じられるようになり、少し落ち着く我が家になってきた。


    どうして私は、あんなに頑張っていたんだろう。
    仕事もバリバリこなし、休みの日は子どもたちを連れてお出かけして、有意義に時間を過ごして生産性を上げて……。

    パパに、「大好きだよ」「大切だよ」と言葉にしてほしかった。
    そして、たくさんのありがとうも伝えてほしかった。

    結婚前、パパと一つの布団に入って、それぞれ好きなことをしながら時間を過ごしたり、たまにお話したり、くっついたりしていた時間が好きだったのに。

    パパのいろんなことが気になっていた。
    「もっとこうしてくれたらいいのに」
    「これをしなくなったらいいのに」
    口に出さなくても、気配でダメ出しをしていたと思う。

    パパはどういうことを私に求めていたんだろう。
    どうしてほしかったんだろう。

    私は、パパが何にも気にしていない、何も考えていないように勘違いしていた。
    そんなはずないのにね。
    パパの気持ち、大切にしているもの、夢、考え。
    落ち着いて色んな話をしたらよかった。

    私たち、お互い余裕がなかった。



    子どもたちの体調が悪いときは、抱っこしてくれたり、抱えて車に乗せてくれたり、吐いたものを片付けてくれたりしてくれたね。
    病院に連れて行ったり、運転したり、薬をもらったり、付き添ったり。

    2人で手分けしてやってきたんだよね。
    がんばったよね、私たち。


    自分のお酒と一緒に、私たちが好きそうなものを買ってきてくれたね。ありがとう。





    最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
    ここに書いているのは特別な話ではなく、私の日常です。

    同じような気持ちを抱えている方にも、そうでない方にも、何かが届けばうれしいです。

    🌿 時期ごとに、まとめています。
    「またね」 の距離感で、いつでも遊びに来てください。



     
     

    ひの

     
     
    自死で夫を亡くしたママです。子どもたちとの日常や、思い出・心の揺れをやさしく綴っています。  読んでくれてありがとう。 Xは、@hinolife1224 です。

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