
「慢」という煩悩
じゃんけんで、グーを出して「チョキに勝ったから大丈夫」と満足していると、パーを出してきた人に「はい、負けです」とふわりと包まれて終わってしまいます。人との比べっこは、たいていこのように、一瞬の得意顔で終わってしまうものです。
仏教には「慢(まん)」という教えがあります。人と比べて、自分のほうが上だ、あるいは下だと心が動いてしまうことで、煩悩のひとつとされています。「あの人よりはましだ」と下を見て安心することも、横の誰かと比べて勝ち誇ることも、実は同じ「慢」です。その瞬間から、成長のメーターはぴたりと止まってしまいます。勝った気になっている間は、自分の足元しか見えていない状態なのです。
さらに仏教では、比べる相手は常に変わり続けると説かれています。上には上がいて、下には下がいます。比べっこに終わりはなく、勝っても負けても心は落ち着きません。
それでは、目線を上げてみてはいかがでしょうか。仏教には「見賢思斉(けんけんしせい)」という言葉があります。優れた人を見たら、自分もそうなりたいと思いなさい、という意味です。
「あの人は本当にすごい」「こんなに高い壁を、どうやって登ればいいのだろう」と思える相手を、自分のお手本にしてみます。そのとき、グーは完敗かもしれません。落ち込むこともあるでしょう。それでも構いません。負けを素直に認めることは「謙虚」の第一歩であり、そこから学びが始まるからです。
そして「自分もあの境地まで行こう」と工夫を重ね、一歩ずつ精進していきます。仏教ではこれを「精進(しょうじん)」といいます。コツコツと続けるうちに、完敗だった勝負が、いつの間にか「少し勝負になってきたかもしれない」に変わり、やがて「あいこ」にまで届きます。雲の上の存在だと思っていた人と並べたなら、それは本当にすばらしいことです。
もうひとつ、仏教の視点で大切なのは、本当の相手は「他人」ではなく「昨日の自分」だということです。高い壁を見上げるのは、人に勝つためではなく、自分の心を磨くためなのです。
誰かに勝って得意になるよりも、高い壁を見上げて「あいこまで追いついてみせる」と一歩ずつ進むほうが、人生はずっと豊かになり、心も穏やかになれるはずです。
少しだけ高いところを見上げて、一歩ずつ歩んでいきましょう🙏✨