メインコンテンツへスキップ
見出し画像

AIよ、早く俺の仕事を奪ってくれ⇒SNS動画考察――シンギュラリティは、仕事を奪うだけではない

    AIよ、早く俺の仕事を奪ってくれ
    ――シンギュラリティは、仕事を奪うだけではない

    最近、Instagramなどで、こんな動画を見かける。

    「AIに仕事を奪われるらしい」

    「うん、早く奪ってくれ」

    画面に映っているのは、農家や酪農家、建設現場などで働く人たちだ。

    画像

    泥にまみれ、重いものを運び、牛の世話をする。機械だけでは対応できない作業も多い。

    動画を見ていると、思わず笑ってしまう。

    しかし、私は少し違うことを考えた。

    彼らは、本当にAIに仕事を奪われると思っているのだろうか。

    もちろん、過酷な仕事を代わってほしいという冗談なのかもしれない。

    それでも、私には「AIに俺たちの仕事ができるものなら、やってみろ」という皮肉にも見えた。

    そして、もしそういう意味なら、私はこう思う。

    AIの恐ろしさは、まだ十分に理解されていないのではないか。

    1.AIは農家になる必要がない

    現在の生成AIに、畑を耕したり、牛の世話をしたりすることはできない。

    文章を書き、画像を作り、膨大な情報を分析することはできても、目の前の牛を移動させることはできない。

    だから農業や酪農は、AIに奪われない仕事だと考える人もいるだろう。

    しかし、それは現在の仕事の形を前提にした考え方ではないだろうか。

    例えば、ビルの中で農作物を育てる植物工場がある。

    太陽光の代わりにLEDを使い、温度、湿度、水、養分などを管理する。天候や季節に左右されにくい農業だ。

    ここにAIとロボットを組み合わせれば、栽培から収穫まで、人間の作業を大幅に減らせる可能性がある。

    もちろん、現在の植物工場には電力費や設備投資などの課題がある。あらゆる農作物を生産できるわけでもない。

    しかし、これからも現在の技術水準が続くとは限らない。

    AIが農家の代わりに畑を耕すのではない。

    畑を耕さなくても作物を生産できる仕組みを、AIがさらに発展させるかもしれない。

    2.牛の世話をしない酪農

    酪農も同じだ。

    現在でも自動搾乳機や給餌装置、牛の健康状態を監視するシステムが使われている。

    今後、AIが個々の牛の状態を把握し、ロボットが必要な作業を行うようになれば、人間の仕事はさらに変わるだろう。

    しかし、私はその先も考えてしまう。

    そもそも牛を飼わずに、乳製品の原料を生産することはできないのか。

    すでに微生物を利用した精密発酵によって、乳タンパク質を作る技術が研究・実用化されている。

    まだ従来の酪農を全面的に代替できる段階ではない。

    それでも、将来のAIが生産方法や設備を改良し、現在とは異なる食品産業を発展させる可能性はある。

    そのとき、牛の世話をする仕事ができるかどうかは、競争の中心ではなくなるかもしれない。

    AIは人間の仕事を真似する必要がないのである。

    3.AGI、そしてASI

    現在のAIは、人間が与えた目的や条件に応じて働くものが中心だ。

    しかし、将来のAGI(汎用人工知能)は、幅広い課題に対応し、自律的に計画を立て、実行する能力を持つと考えられている。

    さらに、人間の知的能力を大きく超えるASI(人工超知能)が実現したら、どうなるのだろう。

    農業を効率化するだけではない。

    食料生産の方法、流通、都市の構造、エネルギー供給まで、これまで人間が作ってきた仕組みを再設計する可能性がある。

    そして、その変化は農業だけにとどまらない。

    建設、運送、製造、医療、教育。

    人間が長い年月をかけて積み重ねてきた経験や技能が、別の技術や仕組みによって必要とされなくなることも考えられる。

    私は、シンギュラリティを単に「AIが人間より賢くなる瞬間」としてだけ捉えていない。

    AIが自ら技術の進歩を加速させ、人間が将来の社会を予測することさえ難しくなる。

    その結果として、仕事や産業、社会制度まで大きく変わる。

    そういう転換点なのだと思っている。

    もちろん、AGIやASIがいつ実現するのか、そもそも想定どおりに実現するのかは分からない。

    それでも、現在のAIにできないことを理由に、未来のAIにもできないと考えるのは早計だと思う。

    4.仕事が奪われるということ

    産業革命の時代、機械は人間の肉体労働の一部を代替した。

    コンピューターは計算や情報処理を変えた。

    そしてAIは、知識や判断を必要とする仕事にまで入り始めている。

    今後、AIがロボットや生産設備と一体になれば、肉体労働と知的労働の境界も変わっていくだろう。

    しかし、仕事がなくなることと、人間が必要なくなることは同じではない。

    人間が働かなくても食料や生活必需品が供給される社会になったとして、その豊かさを誰が享受できるのか。

    AIが生み出した利益は、誰のものになるのか。

    働くことによって収入を得るという、現在の社会の仕組みはどうなるのか。

    技術の進歩だけでは解決しない問題もある。

    むしろ、そこまで考えなければ、シンギュラリティを語ることはできないのではないか。

    5.奪ってくれと言えるうちは

    「AIよ、早く俺の仕事を奪ってくれ」

    動画の中の人たちは、今日も自分の仕事を続けている。

    その仕事には、長年の経験があり、技能があり、誇りもあるだろう。

    私は、それを軽く考えているわけではない。

    ただ、未来のAIが人間と同じ苦労をして、同じ仕事を覚えるとは限らない。

    そもそも、その仕事を必要としない方法を見つけるかもしれない。

    シンギュラリティとは、そうした変化さえ予測できなくなる可能性を含んでいる。

    だから私は、あの動画を見て笑いながらも、少し恐ろしくなった。

    AIに仕事を奪われることを心配している間に、AIはその仕事が必要だった社会そのものを変えてしまうかもしれない。

    そして、その変化が始まったとき、私たちは本当に気づくことができるのだろうか。

    :tokisuke

     
     
    プレシンギュラリティの中を生きながら、時間に関わる人間の記録を書いています。 ∶時間の感覚∶土地の記憶:AI:名前変更∶神社仏閣巡礼⁉ その他

    あなたへのおすすめ