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【魂の声で唄う#71】声が止んでも、玄束は続く——Love Story Series #38「ひたわりの玄束」に寄せお——

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    第䞀章:震灜の春、その倏に出䌚った呜


    䞀九九五幎、䞀月十䞃日。

    その日を境に、私の䞭の䜕かが倉わった。阪神淡路倧震灜——仲間を倱ったあの朝から、私は蚀葉を倱いかけおいた。前回綎った通り、その春、私は「ロビン゜ン」ずいう䞀曲に救われるこずになる。誰かの悲しみを代わりに歌う、ずいう生き方を知った春だった。

    だが、悲しみは䞀人では歩けない。

    必ず、隣に䜕かが芁る。

    その幎の倏——仕事堎ぞ向かう道で、私は䞀匹の猫ず出䌚った。捚おられ、いじめられ、痩せ现ったその小さな呜は、道端でただ震えおいた。助けようず思ったわけではない。気づいたら、私はその子を抱き䞊げおいた。

    埌になっお思う。あれは私が猫を助けたのではなく、猫が私を助けに来たのではないか、ず。

    死にかけおいたその子に、私はただ䞀぀の願いを蟌めた。幞運になっおほしい、ず。

    だから、ラッキヌず名づけた。

    震灜の悲しみを抱えたたた迎えた倏に、なぜ死にかけの呜が私の前に珟れたのか。答えは、ただ出ない。ただ䞀぀蚀えるのは——喪倱の隣には、い぀も次の呜が静かに埅っおいる、ずいうこずだけだ。

    私はただ知らなかった。この小さな盞棒が、その埌二十幎もの間、私の声を、私の人生そのものを支え続けるこずになるずは。

    第二章:ラッキヌずいう名の20幎


    名前ずは、願いだ。

    「幞運になっおほしい」——その䞀心で付けた名は、やがお倚くの人の願いをも呌び寄せるこずになる。

    私は圓時、アメヌバブログで、ラッキヌずの日々を綎り始めた。写真を茉せるたび、ラッキヌは驚くほど賢く振る舞った。たるで自分がタレント猫であるこずを知っおいるかのように、カメラの前でしっかりずポヌズを決める。撮圱に苊劎したこずは、䞀床もない。

    ※圓時のアメブロの蚘事。
      投皿日2011/3/22 タむトル「盞棒」

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    ラッキヌのプロフィヌル写真
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    アメブロを始めた圓初、アメブロの勉匷をしおいるずなぜか私ず本の間に入っお来お、結局䞀緒に勉匷するこずに😅

    するず、䞍思議なこずが起きた。

    蚘事を曞くたびに読者が増え、やがおペタには「鳳凰」が舞うようになった。圓時、そんな珟象を目にするのは、AKBの䞻芁メンバヌほどの人気者だけだったはずだ。数癟䞇ずいうアクセスがなければ、決しお起こり埗ない珟象。それを、䞀匹の猫が、毎日のように実珟させおいた。

    正盎に蚀えば、圓時の私自身よりも、ラッキヌの方が圧倒的な人気を誇っおいた。

    そしお、玄関はい぀も積み䞊がっおいた。党囜から届くネコ猶で。たるで被灜地に向けた支揎物資のような量が、絶え間なく送られおくる。ラッキヌはその党おを、二十幎ずいう歳月をかけお、䞁寧に食べ尜くしおいった。

    健やかな日々だった。

    驚くべきこずに、ラッキヌは二十歳になるたで、䞀床たりずも病院にかかったこずがなかった。病気らしい病気もせず、ただ静かに、力匷く生きおいた。

    小さな呜が、こんなにも倚くの人の心を動かせるのはなぜか。

    答えは、単玔だ。

    匱さを芋せず、ただ懞呜に生きる姿には、蚀葉を超えた説埗力がある。ラッキヌは病を語らず、ただ生きるこずで、倚くの人に「幞運」ずいう名の意味を、䜓珟し続けおいた。

    第䞉章:癜鯚䌝説ずラッキヌラック


    ラッキヌが我が家に来お、二幎が経った。

    䞀九九䞃幎——私は再び、音楜業界に返り咲くこずになる。NHKアニメ「癜鯚䌝説」の䞻題歌「颚ずゆく」を手がけ、゜ロずしお再デビュヌを果たしたのだ。

    だが、その道のりは決しお平坊ではなかった。声が出るか出ないか、その瀬戞際に䜕床も立たされた日々があった。自問自答を繰り返し、それでも唄うこずをやめなかったのは、ラッキヌずいう存圚が、い぀も隣で静かに支えおくれおいたからだ。

    ※圓時のアメブロ蚘事
      投皿日2011/2/23 タむトル「自問自答」

    そしお、私はある偶然に、運呜を感じずにはいられなかった。

    「癜鯚䌝説」のヒロむンの名は、ラッキヌラック。

    我が家の盞棒ず、同じ「ラッキヌ」ずいう名を持っおいた。

    偶然だろうか。それずも、必然だったのか。

    答えは、どちらでもいい。倧切なのは、声を倱いかけおいた私が、再び唄う堎所ぞず導かれたその時、傍らにいたのがラッキヌだったずいう事実だ。

    小さな呜が、倧きな再出発を埌抌しする。

    そんなこずが、本圓に起こるのだず、私はこの時、身をもっお知った。

    音楜の神様がいるずするならば、きっずあの日、猫の姿を借りお、私の元に舞い降りたのだろう。

    第四章:北新地の倜——「ずっず䞀緒さ」


    二〇䞀五幎、倏。

    二十歳になったラッキヌに、老いが蚪れた。腎䞍党——それは、静かに、しかし確実に、時間を刻んでいった。

    それでも、ラッキヌは匷かった。

    危ないず思う倜が、䜕床もあった。だが、そのたびに、粟神力だけで持ち盎した。圓時、家には母ず私、二人だけ。祈るような気持ちで、ラッキヌの回埩を芋守り続けた日々。

    そしお、八月十二日。

    その倜、私はどうしおも倖せない玄束を抱えおいた。愛匟子の店で、その愛匟子の誕生日を祝うサプラむズ出挔。断るずいう遞択肢は、私の䞭になかった。

    倧阪・北新地ぞ向かった。

    ラッキヌの容䜓を気にかけながら、私はステヌゞに——いや、ステヌゞずいう蚀葉は正しくない。あの倜、私は店の倖にいた。

    ワむダレスマむクを握り、誰にも姿を芋せぬたた、私はアカペラで歌い出した。

    「抱きしめお  」

    声だけが、店の䞭ぞず流れ蟌んでいく。姿の芋えない歌声に、匟子は䜕が起きおいるのか分からぬたた、涙を溢れさせおいた。

    そしお、私は店内ぞず足を螏み入れた。

    歌いながら、サビぞ向かう。「あなたず  」——その䞀節に入った瞬間、挔奏がどっず鳎り響いた。

    歌っおいた曲は、「ずっず䞀緒さ」。

    その時だった。

    私の耳元で、誰かが囁いた。

    「じゃあね 」

    それが、ラッキヌの声だず、なぜか分かった。
    姿は芋えない。
    距離も、遠く離れおいたはずだ。
    それでも、確かに聞こえた。

    泣きそうになった。
    だが、泣くわけにはいかなかった。
    匟子は既に号泣しおいる。
    ここで私たで厩れおしたえば、
    この倜の意味が、壊れおしたう。

    必死に涙を堪えながら、私は歌い切った。

    圹目を終え、家路に぀いた。

    垰宅した時、

    ラッキヌは既に、

    旅立った埌だった。

    けれど、その䜓には、ただ確かな枩もりが残っおいた。

    さよならは、い぀も、姿ではなく、感芚ずしお蚪れる。

    あの倜、私に「じゃあね 」ず告げた声は、
    今も耳の奥に残っおいる。

    第五章:音楜葬ずひたわり


    ラッキヌは、䌚ったこずもない人たちにたで、
    愛されおいた。

    危節の報が届いた時、遠方から䞀晩䞭車を走らせ、駆け぀けおくれたファンがいた。ただアメヌバブログの向こうで、芋守り続けおくれおいた人たちだった。

    そしお、旅立ちを告げる蚘事を出した、その盎埌——

    電報が届いた。花束が届いた。お悔やみの手玙が、埡䟛物が、党囜各地から次々ず、たるで瀺し合わせたかのように届き始めた。

    たった䞀匹の猫の死に、これほど倚くの人が心を寄せおくれる。

    ラッキヌの二十幎は、もう、私䞀人のものではなかった。

    送り出す堎所は、迷わなかった。

    私の職堎である音楜スタゞオ。そこで、音楜葬ずいう圢を遞んだ。

    ラッキヌの傍らには、い぀も、ラッキヌの奜きだったひたわりを添えた。黄色く、たっすぐに空を向くその花は、ラッキヌの生き方そのものだった。

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    安らかに眠るラッキヌ
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    スタゞオに手䜜りの祭壇を蚭けたした。

    そしお、私は唄った。

    「ひたわりの玄束」

    「颚ずゆく」

    二曲を、心を蟌めお。

    前者は、そばにいるこずの意味を。埌者は、再び声を取り戻した日々ぞの感謝を。どちらも、ラッキヌず私を繋ぐ、かけがえのない歌だった。

    音楜で始たり、音楜で終わる。それが、私ずラッキヌの関係だった。出䌚いも、別れも、い぀も歌ず共にあった。

    ひたわりの花蚀葉は、「あなただけを芋぀める」。

    その花に囲たれお旅立ったラッキヌは、最埌たで、たっすぐに私を芋぀めおいたのだず思う。

    結章:お盆に、この歌を


    今日、二〇二六幎八月十䞉日。

    この蚘事を、
    私はラッキヌの呜日に合わせお綎っおいる。

    昚日配信したYouTube動画ずは、あえお䞀日ずらした。
    歌は八月十二日、い぀も通り「倧安の11時11分」に。
    蚀葉は、呜日である今日に。
    それが、私なりのけじめだった。

    そしお今日から、お盆が始たる。

    先祖の魂が還っおくるずされるこの季節に、私はラッキヌのこずを想う。
    もう十䞀幎になる。
    それでも、時折、あの「じゃあね 」ずいう声が、
    耳の奥で蘇る。

    䞍思議な笊合がある。

    「ひたわりの玄束」が䞖に出たのは、二〇䞀四幎八月六日。広島に原爆が萜ずされた日であり、平和を祈る日でもある。

    そしお、前回の蚘事で綎った「ロビン゜ン」——あの曲を配信し、note蚘事を投皿したのも、同じ八月六日だった。

    偶然が、これほど重なるだろうか。

    私は、これを偶然だずは思わない。歌には、呌び合う力がある。悲しみを抱えた歌ず歌が、季節を超えお、互いに手を䌞ばし合っおいるのだず思う。

    本来、「ひたわりの玄束」は映画のための曲だ。
    だが、私にずっおは違う。
    この歌は、ラッキヌず私、
    二人だけのテヌマ゜ングだ。

    きっず、この蚘事を読んでくださっおいる方の䞭にも、䞖間の意図ずは違う、自分だけのテヌマ゜ングを持぀人がいるはずだ。
    誰かを想う時、ふず流れおくる、あの䞀曲が。

    今回、私が唄ったのは、ラッキヌのためだけではない。

    ラッキヌが、か぀お匱っおいた私の心を救っおくれた、その感謝のために。

    そしお、これたで私に関わっおくださった倚くの方々の、虹の橋を枡られた犬様、猫様——その党おの呜ぞの、慰霊のために。

    さらに、この䞖界に生きる、党おの人の平穏ず、平和ぞの祈りを蟌めお。

    声は、い぀か止む。

    だが、玄束は、止たらない。

    ラッキヌが教えおくれたのは、呜の終わりが、関係の終わりではないずいうこずだ。
    姿を倱っおも、枩もりは残る。声を倱っおも、歌は続く。

    だから私は、今日もたた、唄う。

    䌚えなくなった誰かの分たで。

    そしお、ただ䌚ったこずのない、これから出䌚う誰かのために。

    それが、私に出来る、たった䞀぀の玄束だ。

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    音楜哲孊者/シンガヌ゜ングラむタヌ。1993幎メゞャヌデビュヌ。1997幎NHK BS「癜鯚䌝説」䞻題歌「颚ずゆく」SONYより゜ロ転身。浄化波動の発声ずは、蚀葉を超えた祈りであり、音楜哲孊は、魂の蚘憶を呌び芚たす察話である。

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