メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

すべからく『愛』を謳え 第八話 『連鎖』

    すべからく『愛』を謳え  第八話『連鎖』

    â‘ åžžé—‡
      さおりは暗がりの䞭で目を芚たした。
      ここはどこ  
      䜕も芋えない状況の䞭で、圌女は自分の居堎所を探す。少しず぀芚醒する意識ず感芚。鮮明になるに぀れお、四肢を駆け巡る、鈍く鋭い痛み。特に右脚は痛芚を飛び越えお、もはや感芚が麻痺しようずさえしおいた。合わせお背䞭に䌞し掛る倧量の瓊瀫ず朚片。息をしようずするず、圧迫された肺が悲鳎をあげる。たるで抌しおも戻らない颚船のように、違う所から空気が挏れ出おいくかの劂く、圌女は埐々に抌し朰されおいくのだった。

    『おヌい  聞こえるか』
      遠くに聞こえる誰䜕の声。声のする方に芖線を向けるず、埮かな光が圌女の芖界に飛び蟌んできた。
    「た、すけ お 」
      声を出すのでさえ、身䜓䞭に鈍い痛みが駆け巡る。
      しかし、このたたではきっず自分は死んでしたう。      誰に蚀われるたでもなく、その激痛ず息苊しさに、圌女は初めお呜の危険を感じるのだった。

    『則倫  矎智子  どこ  聞こえたら返事しお  お願い』
      泣き叫ぶ女性の声が、さおりの耳にこだたする。その声はさおりにずっおいちばん身近で、芪しみのある声。
    「ばあちゃん」『お母さん』
      圌女の声に重なる誰かの声。
      そしお圌女の䞭に流れ蟌む、誰かの蚘憶。


    「則倫  則倫」
      「お、お母さん!!」
       則倫の目の前には、なぎ倒された朚片や瓊瀫、ガラスの砎片でいっぱいだった。
      しかし、圌は手を䌞ばさずにいられなかった。埮かな光の䞭に響く声は、圌がいちばん求め続けた声。
      同じ屋根の䞋に暮らしおいるのに、䞀切䌚わせお貰えず、暑くむせ返る暗い郚屋の䞭で母を想い、圌は孀独に咜び泣いた。
      
      きっずい぀か迎えに来おくれる。
      そう信じお止たなかったその声が、今、圌の耳に届いた。
       お母さんが助けおくれる
        圌は埮かな呻き声をあげなから、その声ぞず手を䌞ばし、身をよじる。しかし、柱を無くした屋根ず梁は圌に重くのしかかり、前ぞ進むのはおろか、身動きさえたたならなかった。四肢に力を入れれば激痛が走り、力を入れた分息苊しさが増し、焌け付くような焊燥感が党身を駆け巡る。

    「たす  けお ..」

      幟床ずなく声にならない声で、圌は蚎えた。
       しかし、その声は光の隙間から倖に挏れるこずは叶わなかった。

    「たた来たぞ」

      誰かの叫び声ず共に、たた倧地が揺れた。それは前埌巊右䞊䞋、無秩序に倧地を揺るがし、砎壊の限りを尜くす。䜵せお則倫の背䞭や頭には、より倧量の朚片や瓊瀫が萜䞋し、圌の動きを完党に封じ蟌んだ。


    「則倫  矎智子」
      悲痛に泣き叫ぶ母、柄江の声。
     それだけが今、圌に䞎えられた垌望の光。
      どんなに埋め぀くされおも、圌は圌女に向かっおその手を䌞ばす。

    「これじゃ拉臎があかん 柄江さん、矎智子ちゃんず則倫、䞡方は助けられん どっちかにしおくれ」
      男たちはもはや投げやりに蚀い攟぀。
      柄江は答えに窮した。
    「柄江さん、分かっおるでしょうね」
     その堎に居合わせたであろう、初老の女性の声が厳しく柄江に詰め寄る。
      則倫はその声が倧嫌いだった。圌を暗闇に閉じ蟌めた匵本人。そしお母、柄江をずっずいじめる諞悪の根源。あの女だけは絶察に蚱せない
       激痛ず呜を萜ずしかねない恐怖の䞭でさえ、則倫のあの女ぞの憎しみは揺らぐ事はなかった。
    「柄江さん  どうするで」
      男たちの怒号に急かされ、柄江は口を開く。
    「助けお  お母さん」
      則倫は、圌女の声に期埅を蟌め、曎に手を䌞ばす。



    「あ、あの  み、矎智子を助けおください」


      則倫は耳を疑った。
    『お母さん  なんで  どうしお  僕の事、嫌いになったの  ねぇ 助けお  お願い』
      それ以降も泣き叫ぶ柄江の声に、則倫は心の䞭で必死に蚎えた。しかし、その声は柄江には届く事はなかった。
      そしお、たたしおも䜙震がその堎を襲い、矎智子を助け出した柄江たちは、圌を残しお高台ぞず避難を開始するのだった。

    『お母さん  僕  死にたくないよ』

      その思いも虚しく、䜙震の圱響で発生した激しい接波が瓊瀫諞共、則倫を抌し流しおいくのだった 





    「  」
    「さおり  倧䞈倫か」
       さおりは自宀で、息を吹き返すかのようにしお、目を芚たした。
    「叔父さん、私  」
    「えらくびっくりしたよ  急に倒れ蟌むもんで  やけど良かった  目を芚たしおくれお  」
       叔父は狌狜した顔で圌女の顔を芗き蟌んでいた。その真っ青な衚情を芋た時、さおりの䞭で
    『ざたあみろ』
      ずいう感情が湧いお出た。それを悟られないように、圌女は䜜り笑いで誀魔化した。
      起き䞊がるず同時に圌女は、身䜓䞭に鈍い痛みが残っおいるのを思い出した。
    「痛っ」
      圌女は右脚の痛みに悶絶した。
     「倧䞈倫か」
    「う、うん  」
      耇雑な気持ちのたた、さおりはうなづいた。
    「さおりちゃん、おばあちゃんは明埌日には迎えに来るから、準備しおおね」
      䌞子は、さおりが倒れおいた事などお構い無しに、勝手に話を進めおいく。
    「おばあちゃん、うちで楜しく暮らしたしょうね」
       歯の浮くような心にもない蚀葉で、䌞子は柄江に擊り寄る。圓の柄江は浮かない顔をしお、さおりの顔を芋詰める。
    「お母さん  .」
      柄江の顔を芋るなり、さおりは心の䞭に篭っおいた蚀葉が突いお出た。
    「どうした  さおり」
    「あ、いや  」
      先皋たでの『蚘憶』の延長線䞊で、さおりは柄江の顔を芋るだけで泣き出しそうだった。
       そんなさおりを前にしお、柄江は圌女から目を逞らした。その衚情は『則倫』を前にするかのように、『怯え』が隠しきれおいなかった。柄江のその䞍安定な面持ちに、さおりは今にでも駆け぀けお抱き締めたい気持ちを必死に堪えた。

      そしおその翌日。
     柄江は、圌女の意志ずは関係なく、叔父の家ぞず匕き取られおいった。
      




      䞀週間埌。
      さおりはぜっかりず心に穎が空いおいた。
      今たで匵り詰めおいた緊匵の糞が䞀気に緩たり、あれだけ䞍快に感じおいた玙おむ぀の履き替えや、面倒だった食事の甚意も、それはそれで物足りなく感じ、狭苊しい団地の郚屋も、今はがらんずしお、圌女には無駄に広すぎた。
        食事も自分の為だけに䜜るのは億劫で、倕飯は廃棄で持ち垰った匁圓ばかりが続いおいた。油の回った唐揚げや、パサパサになったスパゲティ、少し固くなりかけたご飯。このたたこんな食事を続けおいたら、瞬く間に倪っおしたうだろう。そうは思っおも、そんな事を気にする事さえ面倒で銬鹿らしかった。
       
       今曎になっお手にした自由は、色もカタチもなく䞍鮮明。自分自身が䜕をどうしたいのか、それさえも芋えお来なかった。
       䞀ヶ月前であれば、少しやわめにご飯を炊き、埌はレンゞで枩めるだけでいいように、おかずを䜜り眮きしたり、月に䞀床の莅沢で買うケヌキに、柄江ず䞀緒に舌錓を打っおいたはず。
       柄江はフルヌツいっぱいのショヌトケヌキや、ロヌルケヌキがお気に入りだった。柄江はそもそもの育ちが良かったので、そこそこな倀段のものでなければ喜ばなかった。故に月に䞀床だけ。そう蚀い聞かせおいたが、毎日のようにケヌキ買っお来いず、出勀前には口癖のように蚀っおいたっけ。

       ぀い数日前の事なのに、たるで遥か昔の事のように思えおしたう。
      さおりは柄江の郚屋で暪になり、食べこがしで汚れた絚毯に指を這わせお、圌女ずの過去に思いを銳せる。

    今頃柄江はどうしおるんだろう  眠れないず蚀っお、睡眠導入剀をせびっおいないだろうか  はたたた、『則倫』が圌女の前に珟れおいないだろうか

      ツンず錻を突くアンモニアの銙り。仕事から垰っお来た際に、その匂いが錻腔を刺激する床に、苛立っおいたが、それも埮笑たしい過去。

      明日も朝から仕事。
      以前は行きたくないずいう嫌悪感が匷かったが、今ずなっおはただただ面倒なだけ。
      ここ数日で『頑匵る』『耐える』ずいう気抂が、䞀気に途絶えおしたった。


    「お母さん  .」
      圌女の䞭でわだかたっおいた気持ちが、蚀葉ずしお吹き出す。
    「お母さん」
      自分で吐き出しおおきながら、その䞍自然さに口元をゆがめる。

       圌女は目を瞑り、埮睡みにその身を委ねる。その閉じられたた瞌からは、ゆっくりず雫が流れ萜ちた。








    「お母さん」
      さおりは自分の叫び声で目を芚たした。
      身䜓䞭が汗でびしょ濡れになり、わずかばかりの異臭さえ挂っおいた。そしお口で息をしおいたらしく、口内は枇ききり、埮かに残った唟液は真っ癜に糞を匕いおいた。

     さおりは、昚日に芋た則倫の過去の蚘憶に苛たれ、目を芚たした。
       柄江に厳しく圓たる矩母の顔が䌞子ず重なっお、無性に柄江が心配になっおきた。
       よもや䌞子に䞍圓な扱いを受けおいないだろうか
       ちゃんずごはんを食べさせお貰っおいるだろうか
       ちゃんず薬を飲たせお貰っおいるだろうか
       今たで圌女が気を配っおいた事がおざなりにされおいないか、急激に心配になった。

       さおりは台所で氎を汲むず、それを䞀気に飲み干し、䞀床深呌吞を぀いた。抌し寄せる䞍安に氎を差し、息を敎える。

    『今日の仕事垰りに、叔父さんちに寄っお垰ろう』
      そう自分に蚀い聞かせ、無理にでも心のスむッチを切り替える。
    「きっず倧䞈倫」
      今日䞀日、その蚀葉が圌女の支え。
      口にする事で蚀霊ずなり、珟実ぞずなっおいく。
      時蚈の針は朝の五時半を回ろうずしおいた。
      今日も暑く、長い䞀日になりそうだ。





    ②葛西柄江
        柄江はカビの臭いのする屋根裏郚屋にいた。
       圌女の意向ずは関係なく、暗く、暑くお狭い、この郚屋ぞず圌女は閉じ蟌められた。換気出来る窓は倩窓しかなく、䞀床開けようずしたが、長い事閉たっおいたせいか、圌女の力ではびくずもしなかった。
        目の前には叀めかしい扇颚機が眮いおあるが、スむッチの接觊が悪く、匷颚しか䜜動しない。
       そしお乱雑に眮かれた玙おむ぀の山ず、それを捚おるためのゎミ袋。トむレに行くには屋根裏郚屋から急募配の階段を降りなければならない。圌女の足腰ではそれは至難の業。䟿意が催した際は、臎し方なく玙おむ぀に頌らざるを埗なかった。
       それ以倖にこの郚屋にあるものず蚀えば、ぺたんこになった敷垃団ず、汗の臭いが染み付いたシヌツ、これたたぺたんこになり぀぀ある枕だけだった。
       テレビも無いので、お昌にやっおいた倖囜のドラマも芳るこずが出来なくなった。
       䞉床の食事はちゃんず出されるが、どれもこれも脂が倚く、党郚たいらげる事が出来なかった。
       週䞀の蚪問看護の女の子も来なくなり、退屈極たりない。しかし、圌女は䞀日の半分は意識が酩酊しおいた。本人ずしおも『認知症』ずいう自芚はあり、呚囲には倚倧な迷惑を掛けおいる、そう感じおいた。しかし、それを䞊手く蚀語化出来なくなり、䜵せお自分の『気持ち』の衚珟もたたならなくなった。
      されど、さおりには償い切れないほどの感謝ず、申し蚳のなさでいっぱいだった。

      だからこそ、この劣悪な状況を、圌女は敢えお受け入れた。
       本音を蚀えば今たで通り、さおりずずっず䞀緒に居たかった。しかし、さおりにも人生がある。それに柄江自䜓はもう先はそこたで長くは無いだろう。今たで苊劎をさせた分、少しでも、䞀刻も早く、さおりを自由にしおやりたかった。䜕も出来ない廃人ず化す自分の為に、人生を棒に振らせたく無かった。最埌くらい祖母ずしお、ずっず長幎苊楜を共にしたパヌトナヌずしお、さおりを幞せにしおやりたい。
      そしおこの珟圚(いた)が、圌女がさおりにしおやれる、最埌の事。
       額に流れる汗をシヌツで拭い、少しでも『自分』であり続けようず、圌女はむせかえる『暑さ』を敢えお受け入れる。

      そしお圌女はある少幎の圱に怯えおいた。
      『則倫』
      その名前を耳にしたり、口にするだけで、胞が぀かえ、息が苊しくなり、抱えおいた事実に圌女は耐えられなくなる。およそ60幎近く、則倫の存圚は圌女を責め、苊したせおきた。
       圓時の自分がもっず毅然ずしお匷く居れば、その名前に脅かされずに枈んだはず。たったひずりの子䟛の呜も守れなかった、最䜎の母芪。誰がなんず蚀おうずも、子䟛を守る事は芪ずしおの勀め。それを圌女は自ら攟棄した。やむを埗なかったずいうのはただの蚀い蚳で、圌女は我が子を芋殺しにしたのだ。
       恚たれおも呪われおもおかしくはない。それ盞応の過ちを冒したのだから。
      圌女は則倫の気持ちが鎮たるの事をひたすらに祈ったが、頻出する圌の姿に、その想いは通じおなかった事を痛感する。

      きっず圌は自分を連れお行くために珟れおいるはず。さおりの母、矎智子が火事で先立った際にも、圌は圌女の前に頻出しおいた。自分をさおおき、ひずり助かった腹違いの効を、きっずあの子は手にかけた。
       そしお今床はきっず自分の番。自分だけで枈めばいいが、ややもするず、さおりにたでその火の粉が降っお来るかも知れない。
         珟にあの日、柄江ず矎智子は、結果的ずはいえ則倫を芋殺しにした。
       そしお䞍慮の火灜で矎智子はその呜を萜ずす。
       それでも尚、則倫は柄江の元ぞ珟れる。
       劂䜕に圌が柄江に察しお憎しみを抱いおいるか、想像に難くない。しかし、圌女にはずっずずっず平謝りず、念仏を唱える事しか出来なかった。
       本圓に駄目な母芪だ。
       愛しおいた我が子に怯える、もはや芪、吊、人ずしお最䜎だ。だからこそ、柄江が今眮かれおいる状況も、きっず圓然の報いなのだ  


    ③亡者
      「ねえ、あんた  い぀になったらお矩母さんに遺蚀曞曞かせる぀もりなの」
      子䟛二人が孊校ぞ行った途端、䌞子は母芪の仮面を剥ぎ、本性を剥き出しにする。
       今から仕事だず蚀うのに、二人になればすぐにこの話になる。なんずげんきんな女だ。
        さおりの叔父、健二郎は、過去に芋初めた女でありながら、劻のその狡猟さにはほずほず呆れ果おおいた。
    「その話はただ先の話だ」
      嚁厳を蟌めお蚀い返す。
    「そんな悠長な事蚀っおる堎合  家のロヌンもただ残っおるし、和暹ず春銬の入孊資金も、目の前たで迫っおんのよ  幎金の 通垳の暗蚌番号だっお、ただ聞き出しおないんでしよ  ほんずにグズで圹たたず」
      健二郎の嚁厳など䜕凊吹く颚  ず蚀わんばかりに、それ以䞊の悪態で返す䌞子。
      圌女は思った事をずけずけず蚀い攟぀。以前はその豪傑さに憧れさえ抱いたが、今やそれはただの『毒』ず化した。圌女の発する蚀葉は、日々、健二郎の胞の内を砎壊し、底知れぬ貪欲の枊䞭ぞず匕きずり蟌む。
       しかし、金が必芁である事は確かだった。
       健二郎の安月絊では、毎月の支払いず食費だけで粟䞀杯。そこに子䟛達の受隓も重なれば、数癟䞇単䜍のたずたった金が必芁だ。どう蚈算しおも、珟圚の収入だけでは底を぀いおしたう。
        そう考えるず、䌞子の蚀動も分からなくはない。
        目の前に倧きな金がぶら䞋がっおいるのであれば、それに手を䌞ばす暩利は圌らにもあるはず。

       そう、柄江は圌らには内緒でこっそりず金を貯め蟌んでいたのだ。
        その額はなんず䞀千䞇円。

       先日、さおりから呌ばれお郚屋を片付けおいた最䞭に、䌞子がその通垳を郚屋の䞭から芋぀け出したのだ。䌞子はそれをさおりには黙っお、自分の鞄に抌し蟌み、垰っおきた時点で、健二郎に出しお芋せた。
       それは埌生倧事に袱玗に包たれ、長い事觊れられおいなかったようだ。きっず柄江はその通垳を隠し持っおいたのか、或いは認知症のせいでその存圚を忘れおしたったのかのどちらかだろう。最終の蚘垳が圹八幎前。このたた芋぀からないたたであれば、䞋手するず䌑眠預金になっおしたうずころだった。慌おお健二郎ず䌞子は蚘垳をするず、その䞭身は倉わらぬたた残っおいた。しかし、暗蚌番号も分からない、䞋手するず銀行偎が柄江が『認知症』である事に勘づいお、口座を凍結する恐れもある。䞇が䞀埌芋制床で口座を解凍したずしおも、奜き勝手には入出金は出来ない。
       そこで䌞子が考え出したのは、柄江を匕き取っおその預金を盞続する事だった。
      我が母芪を前に、健二郎はその考えに躊躇したが、背に腹はかえられないのが実情。さおりには悪いずは思ったが、圌女を自由にするずいう名目を念頭に眮けば、それは察䟡ずしお受け止めお良いのだろう。健二郎は無理やり自分に、そう蚀い聞かせた。
       そしお毎日のように無心される遺蚀曞の話。遺蚀曞さえあれば、䜕も恐れる事はない。そう考える䌞子は、垞に臚戊態勢で健二郎に発砎をかける。柄江も八十五を越え、認知症も重なれば足腰も匱り、予埌はそこたでは長くないはず。それを期埅し぀぀、しかしそれたでに盞続する手筈を終わらせおおかなければならない。
      それが『珟実』。
      情や思いだけでは生きおは行けない。
      たしおや自分は柄江の列蚘ずした息子だ。柄江の財産を受け継ぐに盞応しい肉芪だ。
       薄情ず誰かに眵られおも構わない。
       圌らにも『生掻』があるのだ。そこだけは譲れない事実だ。

       満員電車の䞭で、浅くため息を挏らしながら、健二郎はそう、自分を錓舞するのだった。
       
       電車に揺られながら、目の前の窓に健二郎は芖線を萜ずす。ちょうどトンネルに突入し、窓の倖は僅かの間、暗闇に萜ちる。䜕気なくそれを目にする健二郎だったが、その窓の倖に誰かの芖線を感じた。それは暗闇の䞭から少しず぀浮かび䞊がっお、そしお鮮明になり、圌の目に焌き付いた。
    「  」
      健二郎は戊慄した。
      窓の倖には、憀怒の圢盞で圌を睚み぀ける少幎の顔があった。
    『則倫さん  』
      健二郎の頭の䞭をその名前がよぎった  








       倕方十䞃時過ぎ。
       䌞子はスヌパヌの芋切り品で買っおきた酢豚ず、根菜サラダをそれずなく皿に盛り付け、炊飯噚の底に残った米を茶碗に撫で付けお、屋根裏郚屋の柄江に届ける。
       盞倉わらず錻を突く屎尿の臭い。それに眉根を捻じ曲げ぀぀も、
    「お矩母さん、ご飯ですよ  しっかり食べお、元気になっおくださいね」
       猫なで声で、さも䞖話を焌いおる颚に 、優しい口調で語りかけりる。
      そしお倩窓を開け、扇颚機を回す。
    「お矩母さん、お暑いでしょうに、扇颚機は遠慮なく䜿っおくださいね」
      䌞子は臭いず暑さに、錻が曲がりそうだった。倩窓からは也いた颚が流れ蟌み、それを扇颚機が郚屋䞭に拡散させる。それで幟分かはマシにはなる。そしお䜿甚枈の玙おむ぀でいっぱいになったゎミ袋を回収しお、消臭スプレヌを撒き、芳銙剀を数箇所に䞊べる。
       それをやり遂げるこずで、矩母の介護に献身的な嫁であるずいう自分を、䌞子は確信するのだった。
    「䌞子さん、ありがずう」
      暑さに䜓力を奪われ、柄江は力なく蚀葉だけで感謝を述べる。そしおゆっくりず起き䞊がり、おが぀かない手で箞を取る。脂でギトギトになった酢豚を口に運ぶが、肉が硬いようで、䞊手く噛みちぎれないようだった。
        䌞子はそれを芋お芋ぬふりしお、階䞋の自分達の郚屋ぞず降りお行った。

    「ああ  ほんずに嫌  い぀たでこんな生掻続くのかしら  早くくだばっおくれたらいいのに」
       たったヌ週間皋床の同居なのに、さもずっず続けお来たかのような愚痎を䌞子は零す。ずはいえ、遺蚀曞が出来おいない以䞊は死なれおは困る。それを考えるず決たっおむラむラが募る。䌞子は憂さを晎らすかのように冷蔵庫に駆け蟌んで、猶ビヌルを煜った。
       ゚アコンの効いた郚屋で、キンキンに冷えた食前のビヌルは栌別だ。
    「あああ  生き返る」
      䌞子は勢い䜙っお、もう䞀本を冷蔵庫から取り出し、プルタップを開ける。たったの二本だ。い぀も頑匵っおいる自分ぞの、ささやかなご耒矎だ。そう思いながら、さらに圌女はビヌルを煜るのだった。

      圌女が結果的に䞉本飲み終えたその時、むンタヌホンが鳎り響いた。
    「誰よ〜」
      迷惑そうに玄関口ぞず走る。
      玄関の磚りガラスの匕き戞の向こうには、うっすらず芋える少幎の姿があった。
    『誰』
      蚝しく思いながら、圌女は玄関を開ける。
      しかし、開けたそこには誰も立っおいなかった。
    「あれ」
      呚りを芋枡し、銖を傟げる。
    「私、酔っ払った」
      䞀人笑いながら、匕き戞を閉めようずしたその瞬間、圌女の芖線の端に、たたもやうっすらず少幎の姿が浮かび䞊がった。䌞子はそれを远うように玄関を飛び出た。そしお、圌女が動く床にその姿はそのたた端に移動し、䌞子を誘導するかのように、倖ぞず匕っ匵り出す。そしお圌女自身も、それに釣られお玄関を開けたたた、家を飛び出した。




      さおりは仕事が終わるず、慌おふためくようにしお、職堎を飛び出した。
      今日䞀日、やはり柄江が気になっお仕方がなかった。䌑憩䞭に、今日立ち寄る旚に電話を掛けるも、叔父も、自宅の䌞子さえその電話を取らなかった。 

    「きっず倧䞈倫」
      そう蚀い聞かせるが、今日のさおりは聞き分けがなかった。ぞんざいに扱われおいる柄江の姿が、䜕床も䜕床も頭をよぎり、いおもたっおもいられない。
       仕事が終わるず、慌おお自宅ずは反察方向のバスに乗っお、叔父の自宅ぞず急ぐのだった。


    バスに揺られるこず十五分皋床。最寄りのバス停に圌女は降り立った。慌おお再床電話を掛けるも、やはり二人ずも電話に出ない。
    「ちょっず  どうなっおるの」
      苛立ちを顕にしながから、圌女は叔父の自宅ぞず走っおいった。


    「さおりでヌす  叔父さん  䌞子さん、居たせんかヌ  入りたすよヌ」

       叔父宅にたどり着いたさおりは、焊る気持ちを抑えお、䞀先ずむンタヌホンを抌す。
       しかし誰も出お来ない。郚屋の電気も点いおいお、゚アコンの宀倖機も回っおいる音がするので、少なくずも誰か居るはずだ。
       さおりは玄関の匕き戞に手を掛ける
    『開いおる』
      さおりは躊躇し぀぀も、焊る気持ちを抑えきれずに郚屋の䞭ぞず入っおいった。

      郚屋の䞭ぱアコンがガンガンず炊かれ、真倏ずはいえ寒いくらいに冷えきっおいた。
    「ばあちゃん  さおりです  どこに居るの」
       䞀階ず二階をくたなく探すが、誰䞀人居ない。家族みんなで食事にでも行っおるのだろうか  
       しかし、どこにも柄江の郚屋らしき堎所が無いのも、䞍思議な話。勝手口には玙おむ぀をたずめたゎミ袋があったずいうのに、それの出凊が党く芋぀からなかった。せめお柄江がどんなふうに受け入れられおいるのか、それだけでも確かめたかった。
       ぐるぐるず䜕床も䞀階ず二階を埘埊し続けるさおり。再床二階に䞊がっお来た瞬間、倩井を誰かが叩く音が聞こえた。そしお、その音を远っお行くず、トむレの斜向かいにあるドアを芋぀ける。
    「ばあちゃん」
      さおりは慌おおそのドアを開いた。
      ドアを開けるずすぐに、急募配の階段が珟れた。そしお先皋たでの冷え蟌みは嘘かのように、むせかえるような熱気ず、嗅ぎ慣れた錻を突くアンモニアの臭いが、圌女を出迎えた。
    「ばあちゃん」
      さおりはその階段を駆け䞊った。埐々に聞こえる颚の音ず、カタカタず回る扇颚機の音。
      さおりは階段を駆け䞊がるず、目の前のその光景に我が目を疑った。そしお、叫んだ、。
    「ばあちゃん倧䞈倫」





    ぀づく





       


     
     

    Kaji

     
     
    物曞きを目指すしがない䌚瀟員です💊同じ志を持぀方ずぜひ繋がりたく思いたす😊スキやコメントで、お互い高め合えたらなお幞いです🙇‍♂

    あなたぞのおすすめ