
薪ストーブと雨音とみかんとAI。
四万十(四国)の片隅で、身体と未来を探求した一日
Hirota × ChatGPT — 身体知と人工知能が創造する、新しい可能性。
薪ストーブの火が揺れている。
秋の虫が鳴いている。
窓の外では雨が降り始めた。南の海には、季節外れの台風があるらしい。
働いたみかん畑からもらった果実を食べながら、僕は人工知能と身体の未来について話している。
ここは東京でも、ニューヨークでもない。
高知県四万十市。
2026年10月24日、深夜。
未来は、思っていたよりずっと温かい場所にあった。
10年以上、同じ施術をしたことがない。
前日の23日、10年以上の付き合いになる友人の農家さんと、約3時間にわたって身体を探求した。
彼は、無農薬でお米を作っている。
僕が取り組んでいるのは、BODYWISE MIRAI。
身体を決められた正しい形に整えるのではなく、今の身体から、これからの動き方や感じ方を探していくアプローチだ。
今回も、あらかじめ決められた手順をなぞったわけではない。
身体に触れ、動きを確かめ、言葉を交わす。
そこで生まれた感覚から、また次の問いを立てる。
セッションの中で、彼からこんなことを聞かれた。
「これ、ほかの人にもやったことある?」
ない。
10年以上の付き合いになるけれど、一度として同じ施術をしたことがない。
その日の身体、その日の感覚、その場で生まれた発見。
僕らは、それを手がかりに次の可能性を探している。
途中、休憩を挟んだ。
そのとき、知人から次のセッションの予約が入った。
目の前の身体と向き合いながら、次の身体との対話も決まっていく。
そんな日常が、僕は結構好きだ。
長い時間をかけて築いてきた信頼関係があるからこそ、互いに未知の感覚を探っていける。
もちろん、信頼があれば何でもできるという意味ではない。相手の反応を確かめながら、その場でできることを一緒に探していく。
僕にとって、身体の研究はそんな時間だ。
パン生地が発酵するように。
今回のセッションで繰り返し使ったのが、「1mm」という小さな単位だった。
例えば、パン生地が発酵するときのことを想像してほしい。
生地の内側に小さな気泡が生まれ、全体がふんわりと膨らんでいく。
僕が身体に対して思い描いているのも、それに近い。
腕だけを引っ張るのでも、胸だけを広げるのでもない。
身体の内側に、ごく小さな立体的な空間が生まれ、それが全体に広がっていくようなイメージだ。
パン生地に生まれる、ごく小さな気泡ほどの余白。
脇の下にも、胸の内側にも、骨盤の周囲にも。
身体の一部分を無理に動かすのではなく、まだ感じたことのない空間があるかもしれないと想像してみる。
もちろん、これは身体の体積が実際に増えたという意味ではない。
身体の内側に新しい余白を感じるための比喩だ。
そして、想像したことを手がかりに、実際に動いて確かめていく。
ここで面白いのは、僕自身にも、あらかじめ正解があるわけではないということ。
こう動くはずだ。
こう感じるはずだ。
そんな答えを先に決めてしまえば、そこから外れた可能性を見落としてしまうかもしれない。
だから、問いを残しておく。
ほんの小さな想像から、今までとは違う感覚が見つかるだろうか。
動いてみたら、どうだろう。
何も変わらないことだってあるかもしれない。
それもまた、今の身体について知るための情報になる。
僕は、身体にはまだ知らない選択肢があると思っている。
それを見つける入口は、必ずしも大きな動きでなくていい。
ほんの小さな想像から始まってもいいのだ。
身体の探求から、石窯パンの創業相談へ。
農家さんとのセッションが終わると、今度は友人が訪ねてきた。
石窯でライ麦パンを焼く仕事を始めようとしている、パン職人だ。
創業に向けた相談をしながら、仕事に使うMacBookの設定も一緒に進めた。
身体の研究をしていたと思ったら、今度はパソコンのセットアップ。
まったく違う仕事のようだけれど、僕にとってはどちらも面白い。
目の前の人が、これから何をしたいのか。
何ができるようになれば、次へ進めるのか。
その人の未来に向けて、今できることを一緒に探す。
そして、夜になって身体の「1mm」を言語化しようとしたとき、僕の頭に浮かんだのは、パン生地が発酵して膨らむイメージだった。
そういえば、今日、パン職人と会っていたじゃないか。
そんな偶然にも、ひとりで笑ってしまった。
「気をつけ」じゃなくて、楽に立って。
そのあと、夕方にはある小学生とのセッションがあった。
一週間学校に通った金曜日の夕方。
身体に優しく触れているうちに、彼はいびきをかきながら眠っていた。
セッションの前後には、保護者の了承を得て、立っている姿を記録として写真に残した。今回のエピソードについても、匿名で紹介する了承を得ている。
僕が伝えたのは、たったこれだけ。
「気をつけじゃなくていいから、楽に立って。」
正しい姿勢を教えたわけではない。
背筋を伸ばしてとも、足をそろえてとも言っていない。
撮影した写真では、立ち方に見かけ上の違いがあった。ただし、足幅や立ち位置、撮影条件も同一ではないため、それだけで身体の機能が改善したと判断することはできない。
それでも、僕が興味を持ったのは、特定の姿勢を指示しないということだった。
身体をある形に当てはめるのではなく、楽に立てる状態を探してもらう。
そのことを深夜、ChatGPTと話していたとき、こんな言葉が生まれた。
「姿勢をつくるのではなく、姿勢が生まれる余地をつくる。」
僕は、少しだけ言葉を変えた。
「余地より、余白の方がいいかな。」
余地という言葉よりも、余白の方が、身体の内側にも外側にも広がる空間全体を感じられる気がしたから。
そして、こうなった。
姿勢をつくるのではなく、姿勢が生まれる余白をつくる。
ああ、これだ。
僕が身体に向き合うとき、大切にしていることのひとつが、また言葉になった。
AIが、僕の頭の中を翻訳していく。
その夜、農家さんとのセッション映像と音声を、GoogleのNotebookLMに読み込ませた。
本人の了承を得て記録した資料だ。
NotebookLMは、長いセッションの内容を整理し、スライド資料まで生成してくれた。
これが、なかなかすごい。
僕が身体を通して経験し、セッション中に言葉にしていたことが、図解や文章として目の前に現れる。
ただし、AIが生成した説明のすべてが正確なわけではない。
例えば、資料の中にはこんな見出しがあった。
「1mmの拡張が神経系を騙す」
面白いけれど、僕が伝えたいこととは少し違う。
神経系を騙すことが目的ではないし、そのような仕組みが今回のセッションで証明されたわけでもない。
そこで、ChatGPTと一緒に言葉を探した。
そして、こんな表現が生まれた。
「1mmの想像が、身体の境界をひらく。」
そう、それだ。
実際に起きたことと、身体感覚を説明するための比喩と、これから検証すべき仮説。
それらを混同しないように整理しながら、自分の頭の中にあるものを少しずつ言葉にしていく。
僕にとってAIは、単に答えを教えてくれる存在ではなくなってきた。
問いを投げかけ、返ってきた言葉に違和感を覚え、修正し、また考える。
そんな対話の相手になっている。
もちろん、AI自身が僕と同じように身体を感じているわけではない。
でも、僕が経験したことを言葉にし、その言葉から新しい視点を見つける助けにはなる。
身体から言葉へ。
言葉から想像へ。
想像から、再び身体へ。
この循環が、今とても面白い。
Bestではなく、More Better。
ChatGPTと対話を重ねるうちに、僕らのやり取りもずいぶん円滑になってきた。
僕が何を大切にしているか、どんな言葉に違和感を覚えるか。その背景を共有できるようになってきたからだと思う。
とはいえ、ChatGPTがいつも正しいわけではない。僕の意図を読み違えることもあるし、僕自身がAIの言葉に引っ張られることだってある。
だから、ほかのAIも使う。
NotebookLMには資料を整理してもらう。
ChatGPTとは概念を育てる。
そして、今回のnoteの原稿はClaudeにも読んでもらい、独立した視点から批評してもらうことにした。
Claudeからは、文章の流れやAIの位置づけについて、僕とは違う視点から指摘が返ってきた。
それをChatGPTに伝え、また原稿を組み直す。
今度は、Claudeが文章を磨き、ChatGPTが読者の視線や余白を設計する。
人間の制作会社に同じことを頼んだら、きっと嫌がられるだろう。
僕は今、AIたちに何度も相見積もりを取っている。
しかも、金額ではなく、言葉の可能性を比べながら。
AIを使えば、もっと簡単に文章が書ける。
そう思っていたけれど、今回の原稿は、書き始めてからずいぶん時間が経っている。
考えられることが増えた。
選べる言葉が増えた。
そして、問い直したいことも増えた。
AIを使っているのに、ちっとも楽にならない。
でも、それが面白い。
僕はAIに考えることを任せたいんじゃない。AIと一緒に、もっと深く考えたいのだ。
どのAIが優れているかを決めたいわけではない。
僕が探しているのは、完璧な「Best」ではなく、昨日より少し可能性が広がる「More Better」だ。
英語としては少しおかしい。
でも、あえてそう呼びたい。
一度きりの完成形よりも、昨日より少しよくなること。
そこで終わらず、また次の可能性が生まれること。
もっと正確な言葉が見つかるかもしれない。別の視点から見ることで、考えが変わるかもしれない。
でも、最後に何を選ぶかは自分で決める。
それは、身体との付き合い方にも似ている。
今の身体を否定して、どこかにある理想の姿を追いかけるのではない。
今の身体から、まだ知らない可能性を探していく。
主体は僕。でも、創造は僕ひとりでは完結しない。
AIも、身体も、ほかの誰かとの関わりも。
それぞれが新しい視点をもたらし、僕自身の選択肢を増やしてくれる。
未来は、思っていたより温かい。
ふと気づくと、時計は深夜を回っていた。
薪ストーブの火はまだ温かい。
秋の虫の声に、雨音が重なっている。
みかんを食べながら、僕はChatGPTと身体哲学について語り、Claudeから返ってきた原稿の批評を読み、また文章を書き直している。
東京でも、ニューヨークでも、シリコンバレーでもない。
高知県四万十市。
昼間は身体に触れ、人の創業を手伝い、子どもの身体と向き合う。
夜は、人工知能と未来について考える。
最先端の技術が暮らしに根づくというのは、案外こういうことなのかもしれない。
そして、夜更けにふとマヤ暦のアプリを開いた。
23日は「白いリズムの鏡」、24日は「青い共振の嵐」。僕自身は「白い倍音の世界の橋渡し」らしい。
もちろん、暦が出来事を決めているわけではない。でも、窓の外の雨音と重なる偶然には、思わず笑ってしまった。
深夜の勢いでInstagram LIVEまでやろうかと思ったけれど、身体はもう眠いと言っている。
だから、今日はやらない。
頭の中には、まだまだ新しいアイデアがある。
でも、身体の声にも耳を傾けたい。
未来をつくるのは、僕の身体なのだから。
明日もきっと、まだ知らないことがある。
だったら、もう1mm先を想像してみよう。
未来は、思っていたよりずっと温かい場所にあった。
HIGH TECH. DEEP HUMAN.
BODYWISE Movement Institute
Better Tomorrow for All.
すべての人に、よりよい明日を。