メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【短編小説】夏の終着点 君に幸あれ [風まかせ文芸部]

    夏の終着点 君に幸あれ

     黄金色に輝いていた空は、東から、次第次第に、日没を予告する深い青色へと色彩を移していく。その空の下、藍色あいいろに沈みゆく中庭に、ひっそりと咲く白い百合が、ほのかに浮かび上がる。風に揺れる度に、甘い芳香を、辺りに漂わせる。
     さやさやと鳴る葉擦はずれの音に、さらさらと流れる水の音がそっと重なる。噴水の中央から、控えめに噴き上がった水が、水盤を満たし、水路へと流れていく。

     その静謐せいひつな音に耳を傾けながら、二人の少年は、水盤の縁に腰かけていた。ともに、十四、五歳くらいだろう。
    「明日で、休暇も終わりか」
     名残惜なごりおしそうに、黒髪を短く切った大柄な少年が言った。
     傍らの少年が頷うなずく。こちらの少年は、青みを帯びた銀の髪を長く伸ばしている。
    「そうだな。でも、楽しかった」

     ともに、準魔法戦士試験に合格した。その後、昨日は、国境に遠乗りに出かけ、予期せぬ事件に遭遇したが、その中で思いがけない出会いもあり、大過たいかなく過ごせた。今日この日は、魔法戦士団の他の少年たちとともに、剣の手合せや魔法の勉強、他愛もない会話に打ち興じた。二人にとって、天空に輝く、今この季節の太陽のような、黄金の日々だった。
     それも、今日で終わりだ。明日、銀髪の少年は、己の家へと帰ることになっている。

     黒髪の少年は、隣の銀髪の少年を、じっと見詰めた。
     その視線に気付き、銀髪の少年が、小さく首を傾かしげた。
    「どうした?」
     おどけて、黒髪の少年は答えた。
    「いや、お前の、女の子よりも可愛い、綺麗きれいな顔をしばらく拝めなくなると思うと、寂しいな、と思って。な、我が団一の美少女殿」

     銀髪の少年の眉まゆが、ぴくっと動いた。さあ、拳が来るか、いや、蹴りか。黒髪の少年は、身構えた。
     銀髪の少年は、しかし、ふっと、笑みを浮かべた。その淡い笑みに、黒髪の少年は、思わずはっとした。なんと美しいのだろう。そうして、見惚みとれた瞬間。
     ばしゃっと、音がした。
     頭から水をかけられ、黒髪の少年は、盛大に雫を滴したたらせていた。

     一瞬、ぽかんとした後、我に返り、黒髪の少年は、にやっと笑った。
    「やったな」
    「おう。やるか?」
     それから二人は、しばしの間、幼子おさなごに戻ったかのように、夢中で水をかけあった。
     遊びが一段落すると、二人とも、水浸しになっていた。しかし、今は夏。すぐに乾くだろう。かまわない。再び、並んで腰かける。

     そうして水に濡れた友人を、黒髪の少年は、密かに観察した。
     綺麗だ。その言葉を、呑み込む。今度こそ、拳か蹴りが襲ってくるかもしれないから。
     でも、本当に、この友人は、美しい。露に濡れた、白い百合のようだ。どこまでも清らかで、すらりとして、繊細で。容易たやすく手折たおることができそうだ。しかし、その実、彼は、その身内に、誰よりも強い芯を抱いている。彼がいたからこそ、自分は、ともにここまで、強くなれたのだ。

     明日、彼は去る。今、この国では、国王が病床に伏しており、貴族たちの間に、不穏な空気が満ちている。戦が起きるのも、もはや時間の問題だろう。そのような状況で、次に会えるのがいつになるか、わからない。いや、それどころか、この友人の身に、危害が及ぶかもしれない。ぎゅっと、黒髪の少年は、拳を握った。生温なまぬるい筈はずの風が、濡れた身体に、いささか冷たかった。

     そのとき、星の光が音となったかのような、凛りんとした声が、響いた。銀髪の少年の、声。
    「いずれ情勢が落ち着いたならば、こっちに来るよ。そうしたら、後は、ずっと一緒にいられる」

     大変なのは、辛いのは、己よりも、この、銀髪の友人の方だ。その細い身に、貴い身分、重い運命を背負って。だから、自分は、彼のために、強くありたい。彼を、支えたい。
     ぐっと、腹に力を込め、黒髪の少年は、頷うなずいた。
    「ああ。そうなったら、思う存分、手合せをしよう。一緒に、昨日よりももっと遠くに行ってみよう」
     寝食をともにし、たくさん話し、遊び、時には羽目を外して、ともに叱られよう。切磋琢磨し、二人で成長していこう。国境を超え、さらにその先まで足を延ばし、ともに広い世界を見よう。
     どちらからともなく、手を差し伸べる。そして、二つの手、大きな手とすらりとした手が、固く結び合わされた。


     国王崩御の報が届いたのは、それから六日後のことだった。
     その翌朝、黒髪の少年は、中庭の水盤の縁に、独り腰かけた。ほのかな香りを残して、百合は、萎しおれかけていた。白い花弁、そして緑の葉や茎においた露が、朝の冷ややかな光にきらきらと瞬またたき、今しも、消えんとしている。涼気を含み始めた風に、葉擦れが生じ、物悲しいような音を立てる。
     友人とともに過ごした輝かしい夏は、ここに、終着点に至った。これから、間もなく、戦が始まるだろう。
     ――その中にあっても、最愛の友よ、どうか無事で。君に、幸さちあれ。
     あの黄金の日々よりも高さを増した、抜けるように青い空に、少年は、祈った。

    了


     今回、風まかせ文芸部さんのお題に参加させていただきました。
     どうもありがとうございます。

     私は、主に長編ファンタジー小説〈隻翼の竜の書〉シリーズを書いております。
     本作は、その内の一作、『霜夜の星』のスピンオフですが、本作のみでもお読みいただけます。
     ご興味を持たれましたら、ぜひ、本編もご一読ください。

    〈隻翼の竜の書〉シリーズについてはこちらをご覧ください。↓

    『霜夜の星』のマガジンはこちらです。↓


     
     
    物語や神話、歴史が好きで、ファンタジー小説を書いています。光と闇の狭間、多様な人間関係により織り成される、緻密で重厚な物語を、丁寧に紡いでいきたいです。 憧れは『指輪物語』。好きな作家はJ.R.R.トールキン、R.サトクリフ。 猫たちと同居中。 ほぼ毎週水・日更新。短編は随時。

    あなたへのおすすめ