
【番外編】なぜ地政学は「悪魔の学問」と呼ばれたのか
これまで受験社会に関する記事を多く投稿してきましたが、今回は番外編として私の好きな「地政学」という学問を皆さんに共有したいと思います。

みなさんは、この地図を見たことがあるだろうか。
おそらく多くの人は違和感を覚えるはずだ。
学校で見慣れた世界地図とは全く違う。
この地図は、中国側の視点から見た日本列島の位置を示したものである。
私たち日本人にとって、日本は「海に囲まれた島国」という認識が強い。しかし、中国から見ると話は全く変わる。
日本列島は、中国が太平洋へ進出する際に必ず通過しなければならない場所に位置しているのだ。
オホーツク海へ向かうルート。
津軽海峡を通るルート。
沖縄を抜けるルート。
そして台湾海峡へ向かうルート。
日本列島はまるで一本の壁のように中国の前に存在している。
この世界に絶対的な地図などというものは存在しない。
しかし重要なのは、「立場が変われば世界の見え方も変わる」という事実である。
そして国家もまた、それぞれ異なる地図を頭の中に描きながら行動している。
こうした国家の行動を地理という視点から分析する学問が【地政学】である。
だが、この地政学はかつて「悪魔の学問」と呼ばれた。
なぜ地理を研究する学問が、そのような恐ろしい名前で呼ばれるようになったのだろうか。
地政学とは何か
では、そもそも地政学とは何なのだろうか。
簡単に言えば、地理的条件から国家の行動を分析する学問である。
私たちは普段、「国の行動は政治家や為政者の判断によって決まる」と考えがちだ。しかし地政学は、それだけではないと主張する。
どれほど優秀な政治家がいても、日本を陸続きの国にすることはできない。
どれほど平和を望んでも、ロシアから広大な平原を消し去ることはできない。
つまり国家は、地理という絶対的な条件の上で行動しているのである。
例えば日本は四方を海に囲まれた島国だ。そのため古くから海上貿易によって発展し、食料やエネルギーの多くを海外に依存している。
一方、中国は広大な国土と14もの国・地域に接している。そのため周辺国との国境問題や安全保障が常に重要な課題となる。
同じ人類が作った国家であっても、置かれた地理的条件が違えば、抱える課題も戦略も大きく異なるのだ。
冒頭で紹介した地図を思い出してほしい。
日本人の多くは、日本を海に囲まれた小さな島国として認識している。しかし中国側から見れば、日本列島は太平洋への出口を塞ぐ巨大な壁として映る。
どちらが正しいという話ではない。
重要なのは、それぞれの国が異なる地図を見ながら行動しているということだ。
そして、その「国家の見ている景色」を読み解こうとする学問こそが地政学なのである。
地政学の誕生
地政学という学問が誕生したのは19世紀末から20世紀初頭にかけてである。
当時のヨーロッパ列強は、アジアやアフリカへ進出し、激しい植民地獲得競争を繰り広げていた。なぜある国は繁栄し、ある国は衰退するのか。国家の力を決定する要因は何なのか。こうした問いに答えようとしたのが地政学の始まりだった。
ドイツの地理学者フリードリヒ・ラッツェルは、国家を一つの「生き物」として捉えた。国家有機体説という考え方である。生物が成長するために栄養を必要とするように、国家も発展するためには領土や資源が必要だと考えたのである。
現在から見れば少し極端な考え方に思えるかもしれない。しかし当時のヨーロッパでは、国家間競争が激化しており、この発想は多くの人々に支持された。
さらに20世紀初頭になると、「地政学(Geopolitics)」という言葉が生まれる。国家の運命は地理によって大きく左右されるという考え方は、各国の軍人や政治家たちの注目を集めることになった。
そして地政学は単なる学問の枠を超え、国家戦略を考えるための重要な理論として発展していく。
しかし、そのことが後に大きな悲劇を生むことになる。
地理から国家を理解しようとした学問は、やがて戦争を正当化する理論として利用されるようになったのである。
なぜ地政学は「悪魔の学問」と呼ばれたのか
地政学が「悪魔の学問」と呼ばれるようになった最大の理由は、ナチス・ドイツとの関係にある。
前章で紹介したラッツェルは、国家を一つの生物のように捉えた。生物が成長するために食料や生活空間を必要とするように、国家もまた発展のために領土や資源を必要とすると考えたのである。
この考え方は後に「生存圏(レーベンスラウム)」という概念へと発展していく。
レーベンスラウムとは直訳すると「生きるための空間」である。
もし国家が生物であるならば、成長するためにはより広い空間を獲得しなければならない。逆に領土の拡大を止めれば、国家は衰退してしまう。
この発想自体は学問的な仮説に過ぎなかった。
しかし問題は、この考え方が政治の世界へ持ち込まれたことである。
第一次世界大戦で敗北したドイツでは、領土の喪失や経済危機への不満が高まっていた。そうした中で、ナチスは「ドイツ民族が生き残るためには新たな生存圏が必要だ」と主張した。
そして東ヨーロッパへの進出や侵略戦争が、地政学的な言葉によって正当化されていったのである。
もちろん、地政学そのものが戦争を望んでいたわけではない。
しかし国家の行動を説明するために生まれた理論が、結果として侵略の理論的根拠として利用されてしまった。
第二次世界大戦後、この事実は大きな衝撃を与えた。
多くの人々が地政学に対して危険な印象を抱き、日本でも長い間、地政学は研究すら敬遠される学問となった。
こうして地政学は、「悪魔の学問」という不名誉な呼び名を与えられることになったのである。
地政学は本当に危険な学問なのか
では、地政学は本当に危険な学問なのだろうか。
私はそうは思わない。
確かに地政学はナチスによって利用され、侵略戦争を正当化する理論の一部として用いられた。その歴史は決して軽視できるものではない。
しかし、それは地政学そのものが悪だったことを意味するのだろうか。
例えば物理学は原子力や原爆の開発に利用された。
化学は毒ガスの開発に利用された。
そして現代ではAIやSNSもまた、便利な技術である一方で、フェイクニュースや情報操作といった問題を生み出している。
だが、だからといって私たちは物理学や化学、情報技術そのものを否定するわけではない。
問題なのは知識ではなく、それをどのような目的で利用するかだからである。
地政学も同じだ。
地政学は「どの国が善で、どの国が悪か」を判断する学問ではない。
国家がなぜその行動を取るのかを、地理的条件から理解しようとする学問である。
時に私たちは、国際問題を善悪だけで理解しようとしてしまう。
しかし現実の世界では、多くの国家が理想だけでなく、安全保障や資源、国益といった複雑な要因の中で行動している。
そうした国家の思考を理解するための道具として、地政学は今なお大きな価値を持っている。
だからこそ地政学は、「悪魔の学問」であると同時に、世界を理解するための強力なレンズでもあるのだ。
なぜ今こそ地政学を学ぶべきなのか
地政学は決して過去の学問ではない。
むしろ現代だからこそ、その重要性は増しているように思う。
ロシア・ウクライナ戦争、中国と台湾の緊張、中東情勢、北朝鮮問題――私たちが日々目にする国際ニュースの多くは、地理的条件や国家戦略と密接に結びついている。
もちろん、歴史や文化、宗教、政治指導者の存在も重要だ。しかし、それらと同じくらい「地理」もまた国家の行動を理解するうえで欠かせない要素なのである。
今回紹介した中国側から見た日本列島の地図も、その一例だろう。
私たちが当たり前だと思っている世界の見え方は、国や立場が変われば大きく変化する。
だからこそ、国際情勢を理解するためには「相手はどのような地図を見ているのか」という視点が必要になる。
地政学は、そのための強力な武器になる。
かつて「悪魔の学問」と呼ばれた地政学。
しかし私は、この学問は世界をより深く理解するための知的なツールだと考えている。
また、地政学学んでみたい!と思った方は入門編としてこちらがおすすめです!一緒に勉強して教養を身に付けていきましょう❕
それでは、また次の記事でお会いしましょう。