自分の障害や特性を受容するって、そんなに簡単じゃないと思う
学校では、
「自分の障害について理解しましょう。」
「自分の障害を受容しましょう。」
という話になることがある。
もちろん、
自分自身のことを知ることは大切だと思う。
でも、それって、
そんなに簡単ではないと思う。
自分自身は、吃音やHSPの特性があって、
人の目を気にしやすい自分もいる。
自分のことを理解できるようになってきたのは、ここ最近のことで、昔は全く理解できなかった。
だから、
「自分の障害を理解しましょう。」
と言われたとしても、
「そんな簡単にできたら苦労しないよ。」
と思ってしまう。
もちろん、
自分自身が向き合わなければいけないこともある。
・自分の得意なことや苦手なことを知る
・困ったときに「助けてほしい」と伝える
・自分に合った方法を探す
それはとても大切なこと。
でも、
全部を子ども本人に背負わせなくてもいいんじゃないかなと思う。
周りの人がその子のことを理解して、
困っているときに手を差し伸べる。
できないことを責めるのではなく、
一緒に方法を考える。
そんな環境があってこそ、
「自分のことを知ってみようかな。」
と思えるのかもしれない。
障害のある子どもだけが努力するのではなくて、
周りの大人も努力して、
周りの子どもたちも理解する。
そんな、みんなで助け合えるような
学校であってほしい。
「自分の障害を受容できるようになろう。」
だけではなく、
「あなたのことを理解したい。」
と伝えてくれる人がいる。
それだけでも、きっと違うと思う。
自分のことを理解するのは時間がかかっていい。
受け入れられない時期があってもいい。
だからこそ、
本人だけに“理解”や“受容”を求めるのではなく、周りから理解していく。
そんな教育も大切なんじゃないかなと思う。