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恐竜は、垂直に、崖を、登る

    子ども時代に、「恐竜にハマっていた」という人は多いと思う。
    1980年代に典型的な昭和の子どもだった僕も、子ども雑誌の恐竜特集にワクワクしていた一人だった。
    いわゆる「恐竜博士」というほどの熱量も知識もないが、ティラノサウルス、ステゴザウルス、トリケラトプス、ブロントサウルス…などなどメジャーどころの名前と、肉食か草食か、くらいは暗記していた。
    大学生になったころ、映画『ジュラシックパーク』を見て、久しぶりに少年時代のうっすい恐竜豆知識を思い出した程度のつきあいだ、恐竜とは。

    そして、時は1998年。
    当時仕事をしていた南米の、ボリビアの(法律上の)首都スクレ近郊で、数年前に世界最大級の恐竜の足跡の化石群が発見された。
    界隈ではそれなりのビッグニュースだったようだが、僕は全く知らないまま、出張で数日間スクレに滞在することになった。
    たまたま「そういうのが見つかったらしい」と聞き、「じゃあ、行ってみようか」と出かけた。

    その場所の名は、「カル・オルコ」。先住民族ケチュアの言葉で、「石灰の丘」を意味するらしい。その名の通り、近くにはセメント工場があり、原料となる石灰岩を掘削する、採石場の一部らしい。

    「1998年に発見された」と書いたが、地中から突然見つかったわけではない。地元の人(採石場の労働者?)だけが「崖に変な跡がある」と以前から知っていて、ようやくその情報が学者や行政に伝わり、調べてみたら
    「えらいこっちゃ」、となったようだ。

    一事が万事、SNSもスマホもない時代は、全てがのんびりしていた。今では世界中の旅行者が憧れる聖地となっているウユニ塩湖ですら、話題にもならないマニアックな秘境だった時代だ。

    中古のバンでスクレの街を出発し、山道をしばらく走った先に、採石場が現れた。
    その当時は看板も何もない、むき出しの「採石場」。特撮ヒーローもので、戦闘シーンの爆破が行われる、あのまんまの光景だ。
    採石場の職員らしきおっちゃんが、にわかガイドとして案内してくれる。

    突然目の前に現れた恐竜の足跡は、垂直に切り立った、高さ120メートルの白っぽい崖に、何列も何列も刻まれていた。
    その数、10,000個以上!
    今から6500万年前。巨大隕石で恐竜が絶滅する直前の痕跡だ。

    そのころ、ぬかるんだ湿地帯を無数の恐竜が通り過ぎた。奇跡的にその足跡が化石として固定され、アンデス山脈の激しい地殻変動の結果、垂直の壁として人類の目の前に現れたというわけだ。

    巨大な丸太をスタンプしたような円形の足跡は、おそらく草食恐竜。湿地帯周辺の植物を食べに来ていたのか。足跡周縁は、グニョっと粘土状に盛り上がっており、数十トンの体重がめり込んだ感触が目から伝わってくる。

    大小の丸が並走している場所もある。親子で食事に向かっていたのか。

    足跡の間隔から、歩幅が推測でき、その歩幅から巨大な体が、僕の脳内に立ち上がってくる。

    モミジの葉っぱ状の、鋭い爪の形が残った足跡も多い。水辺の草食恐竜を狙う、肉食恐竜のものだろう。この爪でグッとやられたら、猛烈に痛そうだ。

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    肉食恐竜の足跡は痛そう

    なぜだろう。映画のCGよりもリアルに、恐竜を存在を体感できる。
    空を目指して、垂直の壁を静かに登っていく無数の恐竜の隊列が見える。
    そのイメージが、僕の心を強く揺さぶる。

    この記事を書くにあたってネットで調べてみると、あのむき出しの採石場は、今では保存地区に指定され、ミニ博物館やら、カラフルな恐竜のオブジェが立ち並ぶ観光施設になっているらしい。

    昭和世代のおじさんの僕は、ネットやAIとの親和性はすこぶる低い。
    ネット上にあふれる情報を否定はしない。様々な事情でこれまでアクセスできなかった景色を見せてくれる。僕の貧弱な想像力を超えてくる動画がたくさんある。そのおかげで出会える人もいる。

    それでも思うのだ。
    咆哮しながら走る恐竜の細密なCGと、子どものときに眺めていた雑誌の動かない想像図と、どちらが「知的な幸福」を与えてくれるのだろうか。

    それでも思うのだ。
    ネットの情報で事前に武装してカル・オルコに向かう観光客と、毎日見慣れていた崖のでこぼこ模様が6500万年前の恐竜の足跡だったと気づかされた採石場労働者と、どちらが「知的な幸福」を得られたのだろうか。

    #創作大賞2025 #エッセイ部門

     
     
    若いころの辺境探検の記憶と、これまで読んできた約1500冊のノンフィクション(歴史、自然科学などなど)を混ぜ合わせて、文章に残せたらと思います。いつか自分がいなくなった時に、娘たちが「こんな記憶の積み重ねが、あの父だったんだな」と読んでくれたら嬉しいなとnoteに辿り着きました。