
玄米四合
小学生の頃、宮沢賢治の『雨ニモマケズ』を読んだ。
以下のくだりを読んだ浅慮な少年は、賢治をとんでもない“大飯食らい”だと思い込んだ。
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
実際には、本人が毎日四合の玄米飯を食べていたわけではなく、これは“理想的な農民像としての描写”として書かれたものとの説がある。
農業機械など普及していない農村における過酷な肉体労働を思えば、四合という量は決して贅沢ではない。【味噌ト……】に続くくだりを読むと、副食とて極めて質素かつ粗末なものだったものとの想像がつき、その分米の消費も嵩んだものと思われる。
むしろ“それだけ食べなければ体が持たない”という切実な必要量だったのだ。
自分を勘定に入れず、誰かのために東奔西走する献身を貫くには、まず自分自身が頑健な器でなければならない。
四合の玄米は、病弱で食が細かったとされる彼が理想とした“無私の奉仕”を実現するための、最低限の燃料のようなものだったのだろう。
飽食の時代に生きる現代人にとって、その分量は単なる数字以上の意味を持つ。
病床でこの言葉を綴った賢治の孤独と、彼が最期まで手放さなかった“生”への執着、そして“他者への祈りの重さ”が、その『四合』という響きに込められているような気がしてならない。