
「ラクに速く走りたい」なら、何を鍛えるべきなのか。機材をアップグレードする前に、考えてほしいこと。 特にエントリーユーザーへ。
自転車に乗っていると、もっと速く走りたい、もっとラクに遠くまで行きたい、と思うことがある。
そんなとき、私たちは何を考えるだろうか。
軽量なフレームに乗り換える。カーボンホイールを導入する。コンポーネントを105からアルテグラへアップグレードする。
機材を変えることで、走りが変わることは確かにある。機材への投資そのものを否定するつもりはない。
ただ、ひとつ考えてほしいことがある。
ラクに速く走れるようになるために、本当に必要なのは、機材の性能を高めることだけなのだろうか。
自転車は、走るための道具であり、動かさなければならない物体でもある
自転車は、ほかのスポーツ用品とは少し異なる性格を持っている。
ランニングシューズも走るための道具だ。しかし、ランニングでは自分の身体を動かして走る。一方、自転車では、自分の身体だけでなく、車体そのものも動かさなければならない。
自転車は推進力を生み出すための道具であると同時に、加速や登坂の際には動かす対象でもある。
もちろん、軽ければ軽いほど速い、という単純な話ではない。平地を一定速度で走るときには空気抵抗の影響が大きく、登坂や加速では軽量化のメリットが相対的に大きくなる。タイヤの転がり抵抗やホイールの空力性能も走行性能を左右する。
機材の違いが走りに影響することは間違いない。
それでも、ここにはひとつの逆説がある。
走るために購入した道具が、走るために動かさなければならない物体でもある。
そして、その物体の性能を改善することと、乗り手自身の運動能力を向上させることは、同じではない。
「ラクに速く走る」とはどういうことか
例えば、自転車で時速25kmを維持するのに、かなり頑張らなければならない人がいるとする。
その人がトレーニングを重ね、有酸素能力や持久力を高めたらどうなるだろうか。
以前と同じ時速25kmでも、余裕を持って走れるようになるかもしれない。あるいは、以前と同じ運動強度のまま、時速28kmや30kmを維持できるようになるかもしれない。
ランニングでも同じことが起きる。
以前はキロ6分で走るのが精いっぱいだった人が、トレーニングによってキロ5分30秒で余裕を持って走れるようになる。これは、単に速くなったというだけではない。自分にとっての相対的な運動強度を下げながら、より高い速度を維持できるようになったということだ。
もちろん、実際の速度と運動強度の関係は、風や気温、路面、勾配、空力姿勢などによって変わる。それでも、同じ条件で比較すれば、身体能力の向上によって、同じ速度をより低い強度で維持したり、同じ強度でより速く走ったりできるようになる。
つまり、ラクに速く走るためには、ラクに維持できる速度の上限を引き上げることが重要なのだ。
そのために必要なのは、機材の性能だけではない。自分自身の身体能力を高めることでもある。
なぜ、機材のアップグレードに期待するのか
機材のアップグレードには、わかりやすい魅力がある。
新しいホイールを導入すれば、走りの変化を感じられるかもしれない。軽量なフレームに乗り換えれば、登坂で違いを実感できるかもしれない。上位グレードのコンポーネントに交換すれば、変速の感触が変わることもある。
しかも、機材の変化は比較的すぐに得られる。
一方、身体能力の向上には時間がかかる。トレーニングを継続しなければならないし、努力したからといって、期待したとおりに能力が向上するとも限らない。
この違いは大きい。
機材を買い替えれば、走りが変わる。身体を鍛えるには、時間をかけて走り続けなければならない。
そのため、速く走りたいという願いに対して、機材のアップグレードは魅力的な解決策に見える。
しかし、機材によって改善できるのは、走行性能の一部である。
例えば、空力性能の高いホイールによって、一定の速度を維持するために必要な出力を減らせることはある。しかし、そのホイールを使ったからといって、乗り手の有酸素能力やFTP、乳酸閾値が自動的に向上するわけではない。
機材が提供する価値と、トレーニングが提供する価値は異なる。
この違いを意識しておきたい。
機材への投資は、どこから逆効果になるのか
機材への投資は、決して悪いことではない。
空力性能や転がり抵抗を改善する。自分に合ったポジションを取りやすくする。適切な機材によって身体への負担を減らす。
その結果、より快適に走れるようになり、長距離ライドやトレーニングを継続しやすくなることもある。
問題は、機材に投資することそのものではなく、その投資によって何が得られ、何が犠牲になっているかだ。
機材のアップグレードに多くのお金を使えば、その分、ほかのことに使えるお金は減る。
日々の整備や消耗品の交換。遠方へのサイクリングや旅行。イベントへの参加。そして、将来の買い替え。
自転車を楽しむためには、車体以外にもさまざまな費用が必要になる。
ところが、最初の一台に予算の大部分を注ぎ込み、105ではなくアルテグラ、アルミではなくカーボン、さらに高性能なホイールも、と機材を充実させていけば、購入した瞬間の満足度は高くても、その後の自転車生活に使える余力は少なくなってしまう。
以前から気になっているのは、まさにこの点だ。
最初の一台に全力を注ぎ込んでしまい、数年後、その自転車が寿命を迎えたときに、次の一台を購入する力が残っていない。
自転車を続けたい気持ちはある。しかし、再び同じ水準の機材を購入することは難しい。
一台目を手に入れることには成功しても、二台目へとつながらないのである。
もちろん、機材にお金をかける人が、必ずしもトレーニングをおろそかにするわけではない。機材と身体能力の両方を追求する人もいる。
問題なのは、機材への投資が、運動能力の向上やサイクリングを継続するための余力を圧迫してしまうことだ。
一台目の満足度を最大化することと、長期的に自転車を楽しめることは、必ずしも一致しない。
ランニングとの違いから考える
ランニングにも、高価なシューズやウェア、GPSウォッチがある。厚底シューズによる走行効率の改善など、機材がパフォーマンスに与える影響も決して小さくない。
それでも、ランニングでは、自分の身体能力を高めることが、速くなるための中心的な手段として意識されやすいように思う。
速く走りたいと考えたとき、走行距離を増やすのか、閾値走を行うのか、インターバルトレーニングを取り入れるのか。トレーニングの内容を考える人は多い。
もちろん、シューズを変えることもある。しかし、シューズをアップグレードするだけで持久力が身につくとは考えないだろう。
一方、自転車には、フレーム、ホイール、コンポーネント、タイヤなど、性能を改善できるパーツが数多くある。機材ごとの違いも説明しやすく、アップグレードによる変化を具体的にイメージしやすい。
そのため、走行能力を高めるという目的に対して、機材の性能を高めることが強く意識されやすいのかもしれない。
しかし、運動という観点から見れば、両者の基本は同じだ。
道具によって運動の効率を改善することと、自分自身の運動能力を高めることは、互いに補完し合うものであって、代わりになるものではない。
機材を良くすることが、目的になっていないか
自転車の魅力は、速く走ることだけではない。
自分の脚で遠くまで行く。知らなかった道を見つける。以前は苦しかった坂を余裕を持って登れるようになる。走れる距離が伸び、行ける場所が増え、以前とは違う景色に出会う。
身体能力が向上することは、単に速度が上がるということではない。サイクリングでできることが増え、その楽しみ方が広がっていくということでもある。
機材の性能が上がれば、同じ能力でも速く走れることがある。
一方、身体能力が向上すれば、同じ機材でも速く、遠くまで、もっと余裕を持って走れるようになる。
どちらにも価値がある。
ただ、機材の性能を高めることばかりに関心が向いてしまうと、何のためにその機材を使うのか、という本来の目的が見えにくくなる。
自転車を買うことと、自転車に乗ることは違う。そして、自転車に乗ることと、サイクリングを楽しむことも、必ずしも同じではない。
機材を選び、比較し、性能を追求することも、自転車趣味の立派な一部だ。それを否定する必要はない。
しかし、機材を所有する満足感が、走ることそのものの楽しさを上回ってしまったら、少し立ち止まって考えてみてもよいのではないだろうか。
次の一台につながる自転車趣味を
自転車は、買って終わりのものではない。
乗り続けるためには、整備も必要になる。消耗品も交換しなければならない。ときには遠くへ走りに行き、イベントに参加し、経験を積み重ねていく。そして、いつかは次の一台を選ぶことになる。
だからこそ、最初の一台を購入するときには、その一台だけでなく、その先の自転車生活まで考えてほしい。
最高の機材を手に入れることよりも、自分に合った機材で長く走り続けること。購入時の満足感だけでなく、その後にどんな経験ができるのかを考えること。
そして、機材の性能を追求するのと同じように、自分自身の能力を高めることにも目を向けてほしい。
機材に投資するなら、その機材によって何ができるようになるのかを考える。
より快適に走れるようになるのか。もっと遠くまで行けるようになるのか。苦手な登坂を楽しめるようになるのか。それとも、単に所有する満足感を得たいのか。
どれも、本人にとって価値があるなら選択肢のひとつだ。ただし、その違いを理解したうえで選ぶことが大切だと思う。
機材を良くすることが目的なのではなく、自分ができることを増やすために機材を使う。
この順序を逆転させないことが、サイクリングを長く楽しむために大切なのではないだろうか。
一台目で燃え尽きるのではなく、二台目へ、さらにその先へ。
機材の性能だけでなく、自分自身の成長と、走ることで得られる経験にも投資していく。
そんな自転車の楽しみ方が、もっと広がってほしいと思う。