
「役立つ記事を書かなきゃ」で、自分らしさ消えてない?|SNS収益化実験 Day40
「noteを書くなら、読んだ人の役に立つ記事にしなきゃ」
そんなふうに考えて、自分の体験よりも「役立つ情報」を優先していませんか?
私は最近、記事について考えていて、ひとつ気づいたことがあります。
noteの記事って、全部同じ役割じゃないのかもしれない。
……いや、40日も書いて今???😂
今日は、note初心者だった私が「無料記事を書けば興味を持ってもらえる!」くらいの解像度から、少しずつ記事の役割を考えるようになった話です🪇
最初は「無料noteから有料noteへ!」くらいしか考えてなかった
noteを始めた頃の私は、かなりシンプルに考えていました。
無料noteで私に興味を持ってもらう。
そこから有料noteにつなげる。
以上!!!
今思えば、「興味を持ってもらうって、具体的にどうするんですか?」の部分がごっそり抜けています😂
記事を書いて、公開して、読んでもらえたら、
「読んでくれてありがと!またね!」くらいの気持ちでした。
たぶん読者に伝わっていたのも、
「Honoだよ〜!記事読んでね〜!」くらいだったんじゃないかな。
もちろん、それが悪いとは思っていません。
実際、私は自分の体験を書くのが好きだし、「今日こんなことがあった!」をそのまま記事にするのも楽しい。
ただ最近になって、私は全部の記事を「私の体験」というひとつの箱に入れていたのかもと思うようになりました。
同じ「私の体験」でも、やっていることが全然違った
最近の自分の記事を振り返ってみると、全部同じようには作っていません。
たとえば企画に参加するとき。
秋読コレクションやジブンスキー、今日参加した魔王軍の記事では、いつものSNS収益化実験の記事と同じサムネイルにはしていません。

アーサー×ナディーヌのお話だもん。

サービスサービス♪
その企画の世界観に寄せています。
だって、その記事でやりたいのは「SNSについて真剣に考えよう!」ではなく、全力で遊んで「楽しいよ〜!」ってやることだから。
秋読コレクションなんて私の創作です。
これはもう普通に読んでほしい。
私が書いたから、読んで😏……という気持ち。
一方で、フォロワー数とインプレッションの関係を比べた記事では、数字を見ながら真剣に考察しています。

昨日のフォロワー200人の記事では、一緒に節目を祝いたかった。
こうして並べてみたら、同じ「Honoの体験」でも、記事によって読者にしてほしいことが全然違いました。
一緒に遊んでほしい記事もあれば、一緒に考えてほしい記事もある。
節目を一緒に喜んでほしい記事もある。
だったら、全部同じ入口、同じ書き方、同じ終わり方にする必要もないんじゃない?
最近はそんなふうに考えています。
「この記事でどうしてほしい?」を考えるのは、読者への親切かもしれない
以前の私は、記事を書き終えたら「読んでくれてありがと!またね!」で完結していました。
でも今は、記事を書く前に少しだけ考えるようになりました。
この記事を読んだ人に、どうしてほしいんだろう?
企画記事なら、「この企画楽しそう!」って思ってほしい。
節目の記事なら、「おめでとう!」って一緒に喜んでもらえたら嬉しい。
研究記事なら、「自分の場合はどうだろう?」って少し考えるきっかけを持ち帰ってほしい。
そう考えると、タイトルもサムネイルも、本文の見せ方も変わってきます。
これって、読者を思い通りに動かすためというより、「この記事は何を楽しめばいいの?」を分かりやすくすることなのかもしれないと思いました。
入口を作って、記事を読んでもらって、その先に「こっちも面白いよ」と道を置いておく。
ただ「またね!」で放り出していた頃より、ちょっと親切になった気がします😂
私が研究記事でやりたいのは、「正しいことを教える」じゃない
そして、ここを考えていたら、研究記事についてもひとつ分かってきました。
私は、ただ「○○は大切です」と書く記事をあまり書きたくありません。
だって「そんなもん本読めば書いてありますやん😏」って、自分が読者だったら思っちゃうから。
もちろん、本に書いてあることや一般的に言われていることが悪いわけではありません。
結論がありきたりになることだって普通にあると思います。
でも私は、そこにたどり着くまでを大事にしたい。
「これが大切らしいから書こう」ではなく、私が実際にやって、引っかかって、考えて、結果として「これって大事なのかも」と気づく。
Honoが体験から考える。
今の実験では、そこを大事にしたいと思っています。
「ローンチ!誰んちだよ!」が一番しっくりきた理由
これまで書いた研究記事の中で、今のところ私が一番「私っぽい」と思っている記事があります。
「ローンチ!誰んちだよ!?と思ってた私、16日目に伏線回収しました😂」という記事です。
あの記事を書いたとき、私は最初からローンチについて勉強しようとしていたわけではありませんでした。
普通に自分の体験を振り返っていただけ。
それなのに途中で、「これって、まさかローンチ!?!?」って、突然伏線が回収されたんです。
これがめちゃくちゃ気持ちよかった😂
先に勉強して「ふ〜ん、ローンチね、理解理解😏🪇」ってするのとは、ちょっと違いました。
自分が先に体験していたものに、あとから名前がついた。
だから私の中にすっと入ってきたし、「これがローンチか!」って納得できたんだと思います。
今回の「記事には役割があるのかもしれない」という気づきも、たぶん同じです。
最初から「記事には役割を設定しましょう」と勉強して始めたわけではありません。
企画記事のサムネイルを変えるようになって、研究記事との違いを感じて、過去の記事を見返していたら、
「あれ?そもそも全部の記事に同じことをさせようとしてたのがおかしかったのでは?」と気づきました。
また後から伏線回収してる😂
🪇「体験してから知識につながった」感覚が一番出ている記事
大きな体験じゃなくても、自分にしか書けない一行があればいい
役に立つ記事を書こうとすると、つい「ちゃんとしたことを書かなきゃ」と思います。
すると、自分の体験より一般論が増えて、気づけば誰が書いても同じような記事になってしまうこともある。
私自身、これから研究記事を書くときは気をつけたいです。
だから、記事を書いたあとに一度だけ聞いてみたい。
その記事、自分の体験入ってますか?🪇
別に、大きな実績じゃなくていいと思っています。
劇的な失敗談も、人生を変えた出来事もいらない。
「私はここで引っかかった」でも、「これを見てこう思った」でもいい。
自分にしか書けない部分が、一行でもあればいいんじゃないかな。
その一行があるだけで、同じ「○○は大切です」という結論でも、自分の記事になる気がしています。
記事ごとに役割を考えてみる
40日書いてきて、ようやく少しずつ記事の違いが見えるようになってきました。
私はこれから、全部の記事を「私の体験」でひとくくりにするのではなく、この記事では読者にどうしてほしいのかを考えてみようと思います。
一緒に遊んでほしいのか、考えてほしいのか、祝ってほしいのか。
それが違えば、見せ方も文章も変わるはず。
そして研究記事では、結論だけを渡すのではなく、そこにたどり着くまでの私の体験もちゃんと残したい。
だって、せっかく私が書くんだもん。
「そんなもん本読めば書いてありますやん😏」で終わらない記事にしたい。
まだまだ記事設計については実験中です。
40日前は「読んでくれてありがと!またね!」だった人間なので😂
でも、こうやって少しずつ解像度が上がっていくのも、大人の自由研究っぽくて楽しいです🪇
ちなみに、企画記事では真面目に考察している私とは全然違う遊び方をしています。
🪇企画記事の実例として……という建前もありますが、普通に私の創作なので読んでほしいです😏
秋読コレクション
昨日の200人記事も、「研究結果を伝える」ではなく、ここまで読んでくれた人と節目を一緒に喜びたくて書きました。
🪇こんな役割の記事もある
フォロワー200人ありがとう記事
記事って、思っていたよりいろんな仕事をしてくれてるのかもしれない。
さて、次は何を研究しようかな🔬🪇