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Photo byhidemaro2005

指示待ち人間は、いつの時代の誰だったのか

     小学生の頃、道徳の時間で言われ続けた「指示待ち人間」
     
     耳にタコができて、
    「ああ、また指示待ち人間の話か」
    先生からとやかく言われる前に考えながら動く訓練を受けた、氷河期世代のわたし達。

     ところがそれを今も若者に言っている、現代への違和感がある。
     
     戦時中は指示を待たずに行動したらどうなっていた?

     戦前や戦時中は指示待ちであることが美徳だったんじゃないのかな。

     上官の命令は絶対でしょう。
    勝手な判断は危険であり、反逆として看做される。自分で考えるより、命令を正確に遂行することが評価されたわけさ。

     指示待ちでない人間は淘汰される社会じゃなかったのかな。

     だからこの時代の若者は、指示待ちじゃなかったのではなく、指示待ちであるように作られたわけよ。
     
     うちの親がヤングだった高度成長期。
    会社組織が巨大化し、マニュアル化が進む。
     年功序列や終身雇用には、上が決めて下が動くのが必至だった。
     女性が大学や院へ進学すると、白い目を向けられて、教授から揶揄された。

     この時代も指示待ちが一番安全で効率的。
    進路は親が決めていたりね。

     なのに、この世代が次の世代に言い始めた。
    「最近の若い者は指示待ちだ」
    これ、どう考えても矛盾してるよね。
     
     氷河期世代には「自分で考えろ」と言われ、でも勝手に動くと怒られる。
     上司は曖昧な指示を出して、完璧を求める。
    指示を待つと叱られて、確認すると叱られて、気を利かせても「二度手間になった」と叱られた。
     
     ルーティンワークで指示待ちはイレギュラーのときくらい。
     そんなときに動かないのは、確認が保留になっているのに勝手な判断はできないよ。
    誰が責任を取るの。

     確認せずに判断して、成功すれば評価される。
    でも失敗したとき、始末書や減給や謝罪行脚を背負うのは、本来、部下ではなく上司の役目のはず。
     
     どう動いても地雷がある世代。

     今の若い人がしてるのは指示待ちじゃない。
    指示を観測している。
     うちの職場でも、若い人がしっかりしていて、黙々と淡々と仕事をしている。
     
     明文化されてない期待を読み、言われる前に安全圏で動く。地雷がどこか分からないから、余計な判断をしないようにしているように見える。
     それはリスク管理しながら自律している。

     若い人達は自分で考えてないんじゃない。
    考えすぎた結果、最小限しか動かない。
     
     じゃあ結局、指示待ち人間って誰?
    わたし、思うんだけどさ。
     年上が、自分が不利になったとき、若者を責めるための言葉じゃないの?

     上が判断を放棄したときや組織が責任を取りたくないとか。
     時代が変わって戸惑っちゃったりして、その不安を若者に押し付けるための便利な呪文よ。
     
     だから、どの時代にも指示待ちと言われなかった世代なんて存在しないのではないか。

     あるのは社会が求めた行動やそれに適応した若者達。そして後から貼られるレッテルよ。
    同じセリフが何十年も使い回されてるんだもの。

     やれんよ、ほんと。
    どうすりゃ、お望みに適うんかね。

     だからさ。
    今日も、ジジもババも、若い人たちも黙って先を読んでいるよ。

     
    人の淋しさは対象によって癒される、淋しさ わたしの淋しさは 万物でも癒されない定めの淋しさ 手に握る砂が指から零れてしまう 狂人には沈黙を、佳人には微笑みを わたしはわたしの道を歩んでいるだけなのに ©️ももまろうめこのnoteは私に著作権があります 無断転載禁止です

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