
掌編: 月を見る角度
月を見る角度で顔を上げると金木犀の香りが薄っすらと鼻腔を掠める。赤ちょうちんの行列を見たあとだから、こういうのが昭和だったのかと、少し思った。
タツジュンが言うには、
「三軒茶屋は下町情緒が残っていて、それがここに住む決め手になった」らしい。
僕は、赤ちょうちんが並ぶ飲み屋街の趣や栄通り商店街沿いのちょっと年季の入った建物の密度とか、ピカピカに再開発された街じゃなくて、古い建物と新しい店が混ざって残ってる感じが、どこか尾道の良いところとリンクしているからだと思っていた。
尾道のおばあちゃんに電話して、金木犀の匂いがしてくると伝えた。
「三軒茶屋は大都会じゃないんね。金木犀が咲いとるって、おばあちゃん、想像できんよ」と言う。
「尾道より都会だけど、ハクビシンもタヌキもいるよ」……あ、ネコが走ってる。
「ほんまはどこに住んどるん?」
「世田谷」
「おばあちゃんね、地図を見ないから、世田谷がどこにあるんか分からんの」
「渋谷の隣。田園都市線に乗って、池尻大橋の隣」
電話の向こうのおばあちゃんが静かになり、
「隣、隣って、ますます分からんけん。
アンタ、今、どこにおるんね」
「西友の前」